【第四部】 追跡 三章 交差する光と闇 8
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恭介らを乗せた車は、高速に乗り、東名に入り、西へと向かった。
傾いていく秋の日差し。
厚木から、小田原に差し掛かったあたりで見える富士山のシルエットは、薄い紫色だった。
「ねえ、パパ、どこ行くの?」
瑠香が聞いても答えはない。
景之は熟睡していた。
小田原を過ぎると、いきなり山が迫ってくる。
恭介は車の行き先がなんとなく分かった。
おそらくは
箱根
そして恭介の予想通り、何回もカーブを越えた先に、芦ノ湖が見えた。
「ここの龍神伝説知ってる?」
唐突に景之が喋った。
湖畔の駐車場に車を止め、運転手だけ残し、三人は芦ノ湖湖畔を歩く。
「伝説? 単なる観光地かと思っていましたが」
「徳の高い坊さんに、退治された頭数の多いドラゴンは、今では人間の願い事を叶えてくれる、芦ノ湖の守り神みたいだよ」
景之は、湖に突き出した、大きな鳥居の前で、いきなり歌を唄い出した。
それは陽玉姫が出てくる、アニメの主題歌だった。
すると
どこからともなく
カラスの大群が現れ、景之の声に合わせるように、ギャアギャアと鳴いた。
夕暮れの湖畔に人影は少なく、景之はカラスに負けずに歌い続けた。
景之の周りだけ、スポットライトが当たったかのように、光の環が出来ていた。
良い声だな、と恭介は思った。
景之の歌声は、どこか安心感を含んでいた。
そのうちに恭介は、自分の目を疑う。
歌い続ける景之の丸い体が、どんどん細くなっていくのである。
まるで雪だるまが、陽光により、溶けて小さくなっていくようだ。
湖面の波は荒々しく、景之の歌声を吸い取っていく。
カラスは何処かへ飛んでいった。
湖畔の岩場に、打ち寄せる波の音だけが響いていた。
ひとしきり歌った景之は、湖畔にある自販機で、飲み物を買った。
「僕はね、健次郎さんほどの見識もないし、瑠香たんみたいにお祓いが出来るわけでもないの。でもね」
景之の持っている缶には「甘酒」と書いてあった。
「呑み込むことができてね、『厄』を。お腹の中に」
「そう。そしてパパは祝詞の代わりに、歌でそれを昇華する」
普通体型になった景之は、にこにこと笑っている。
その姿は、確かに畑野健次郎に似ていた。
「あの、箱根でないと、昇華できないのでしょうか」
恭介は疑問を口にする。
「ああ、ここが都内から一番近いパワスポだからね」
景之は、恭介たちが赴いた秩父や、柏内が拝んでいる群馬の山々なども、強力なパワースポットだと言った。
なぜ景之は、自分の秘儀のようなものを、恭介に見せたのか。
「そろそろ、僕、限界が近いの。あと飲み込める厄は一回か、うーん、二回かな」




