【第四部】 追跡 三章 交差する光と闇 6
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「そもそもね」
景之は「純カステラ金箔乗せ」なるものを、追加オーダーした。
「五年前、あ、もう六年前かな。恭介くんが海に落ちるっぽい話、当時の内調は掴んでいたのよ」
「ええっ!」
恭介はコーヒーカップを落としそうになる。
「ちょっと! パパ。じゃ、なんで止めなかったの!」
景之は困った顔をしながら、わらび餅を飲み込んだ。
「パパはその時、他の仕事してたし、後輩からのまた聞きだったし。内調の連中も、確たる証拠がなかったみたいだし。それにね…」
景之は恭介の目をじっと見る。
存外、済んだ瞳だと恭介は思った。
「恭介くん、政府の一番大切なお仕事、何だと思う?」
「一番、ですか。国民の命を守る、ことかな」
「うん。それも重要」
景之の前に、カステラが置かれる。
「でもね、一番大切なのは、国益を守ること。ひらたく言えば、日本という『国家』を守ること。そのために、犠牲が出たとしても、ね」
カステラに乗っかった金箔が、はらりと落ちた。
「ではあの時、もし俺を助けようとしてたら、国益に、なにがしかの損害を出す可能性があったのですね」
「君は賢いね」
景之は目を細めた。
その表情は、温泉に浸かるカピバラを彷彿とさせた。
「でもね、今更言い訳になるんだけど、一応密かに、救助船は用意してたの。ただ、君を見つけられなかった」
景之のカステラを、一かけら摘まんだ瑠香が尋ねる。
「ねえパパ。そんな話、簡単にペラペラ喋っていいの? 他のお客さんもいるのに」
「それは心配いらないよ、瑠香たん」
景之は更に目を細めた。
「このお店、従業員さんも、オーナーも、今いるお客さん全部、内調の人たちだから」
景之のセリフを聞いて、恭介は慄然とした。
たかだか、高校生のガキ相手をするために、ここまでするのか、と。
「恭介くんのことは、高く評価しているよ。あ、僕や健次郎さんだけじゃなく、現役の内調幹部もだ。特に、恭介くんに直接危害を加えた同級生たちを、同じ目に合わせるようなこと、しなかった点が、ね。だからこそ、僕が会うことになった」
景之は「ああ、また出ちゃった」と言いながら、自分の腹をさすった。
瑠香はお手洗いに行った。
「最重要の国益は、防衛なんだ。僕のウチ、畑野家は、代々日本という国を守ってきた。単なる公的な役職、というだけでなく」
一人の女性が、お茶をどうぞ、と運んで来る。
景之は口元にだけ笑みを浮かべ、店の奥に声をかけた。
「最近、身元調査、甘くない?」
景之がそう言ったと同時に、女性はお盆をひっくり返し、景之に切りかかる。
瞬時に女性を拘束しようとした恭介を、景之は制した。
「無駄なことを」
その見た目からは想像できないような、恭介の動体視力でも捉えられないような速さで、景之は女性の咽喉を突いていた。
女性の口から、黒い煙が排出され、消えていった。
「僕ね、悪意を持った人間が近づくと、異様に甘いもの、食べちゃうの」
景之はまた、腹をさすった。




