【第四部】 追跡 三章 交差する光と闇 5
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絵本のシナリオについて、亜由美から、「だいたいオッケー」と言われた恭介は、あとは綿貫の絵に全て託した。
ある日、瑠香から畑野景之に会って欲しいと言われた。
景之は、畑野健次郎の息子であり、瑠香の養父である。
元は、内閣情報調査室、所謂「内調」に所属していた。
恭介が戸籍を作り直し、狩野学園高等部に入学するまで、種々の便宜をはかってくれた人物でもある。
ただし、恭介は一度も、景之本人に会っていない。
「もちろんです。本来なら俺の方から、ご挨拶に伺うべきでしたね」
景之は、一年の殆どを外国で過ごしているが、年に一度は帰国する。
ちょうど今、東京にいるそうだ。
「まあ、内調にいたぐらいだから、ちょっと変わっているけど、…気にしないでね」
瑠香はいつもより歯切れが悪く、言葉数も少なかった。
数日後、恭介はその理由を知る。
待ち合わせの場所はお茶の水の駅前。
内調と言えば、日本の情報機関である。
そこに勤務していたということは、恭介のイメージでは、ブラックスーツに身を包んだ諜報員。
恭介もあまり目立たないような服装を選び、黒ぶちのメガネをかけて待っていた。
隣の瑠香は、こちらも珍しく、ほぼスッピン。一般企業の事務員のようないで立ちだった。
約束の時間になった。
駅前の交差点の信号が変わると、大きく手を振りやってくる人影があった。
ただただ
丸い。
顔も体も腹周りも。
文字通り、転がるように走りながら、一人の男性が大声を出す。
「瑠香た――ん!」
「あ、パパ…」
恭介たちの目の前に、汗を拭きながら現れた、丸い丸い男性。
それが畑野景之だった。
景之に促されて、入ったお店は甘未処。
「ここね、パパが学生だった頃に、よく来てたの。瑠香たんの本当のパパも一緒にね」
景之は「抹茶ソフトクリーム黒蜜かけ・わらび餅付き」をオーダーした。恭介と瑠香はコーヒーだけ頼んだ。
「初めまして、畑野さん。その節はいろいろお世話になりました」
恭介は深々と頭を下げた。
「いいのいいの。固いこと抜きね」
にこにこと笑う景之は、どことなくカピバラに似ていた。
「藤影恭介くん、だよね、本名」
とはいえ、笑顔を崩すことなく、さらりと恭介の名を口にする。
だてに情報機関にいたわけではないようだ。
「私、パパに本名とか言ったっけ?」
「ううん、瑠香たんからは聞いてないよ。あ、健次郎さんにも」
景之は幸せそうに、抹茶ソフトを口に運んだ。
「パパ、なんで今、日本にいるの? 私とキョウ…藤影君を呼び出したのは、なぜ?」
コップの水を一口飲んで、景之は答えた。
「日本に帰ってきたのはね、これ!」
景之は持っている紙袋から、ごそごそと何かを取り出す。
フィギュアであった。
「期間限定の『陽玉』ちゃん! 紅葉模様の着物が超可愛いよね!」
明神様にもお参りしたかったからと、取ってつけたように、景之は言った。
瑠香は、あからさまに脱力していた。
景之を「ちょっと変わってる」と評していたが、こういうことか。
しかも、恭介らが文化祭で手掛けた、例のアニメの女主人公のフィギュアとは。
「君たちも、この作品に関わったでしょ? それで、ちょっと会いたくなったんだ」
一瞬だけ、カピバラ似の丸っこい中年男性の目が、キラリと光った。




