間奏 8 沖都凪の遺書
これは、私の遺書である。
私は沖都凪。
凪は本名だ。
妹は千波。
イザナギとイザナミから名付けたと、父は語った。
生まれた時から一族のあと取りとして、私は厳しく育てられた。
学問、体術、そして呪術。
父は日本のフィクサーになる人だった。
正確に言えば、なりたい人だったのだ。
政治家や経営者、はては裏の筋の人たちからの依頼で、その人たちの敵を密かに滅ぼしてきた。
父だけではない。
父の父、そのまた父。いずれも正史に残ることない闇の世界の住人だった。
家族は両親と妹。
妹は母に似て、体が弱かった。
小学校も満足に通うことが出来なかった。
せめて妹に外の世界を教えてあげたい。
私が絵を描くようになったのは、そんな妹への想いからである。
呪術を駆使する一族は、皆、短命である。
それは、縁なき衆生の生命を、呪術で奪ってきた劫であると私は思う。
この家の劫と罪は、私の代で終わらせたい。
私は禁呪を行った。
私の生命力を半分、妹にあげたのだ。
妹にはせめて、この家の呪縛から離れて、人並みの生活を送って欲しいと思った。
出来うることならば、素敵な相手を見つけ、結婚して子を成す。
そんな穏やかな人生を送って欲しいと。
父は私が後継ぎになったら、その次の世代を作るように厳命していた。
しかし、それだけは承服できなかった。
なぜなら私が愛する対象は、同性だったからだ。
妹への愛情も、突き詰めれば性愛感情に似ていた。
妹も薄々、気付いていたように思う。
彼女は思春期を迎えると、私を避けるようになり、外の世界に友人や恋人を見つけた。
そして高校を卒業した妹は、大きな製薬会社の地方工場に就職した。
家に残った私が、いつまでも結婚する気配がないことを訝しがった父は、私の身辺を調べ、私の性癖を知った。
父は激怒した。
彼にとって、長子による家の存続は何よりも優先すべき事柄だ。
ある夜、私は父に襲われた。
数多の拷問よりも残酷な痛み。
耐えきれず、父を殺した。
母も黙って、父の死体を処理した。
父の命を絶った瞬間、濁流のように、父が背負っていた劫と怨霊が流れ込んだ。
皮肉なことに、それらが私の身の内に巣食うようになった結果、私の呪術は完成した。
その頃、私の妹は、本気の恋に落ちていた。
相手は製薬会社の若き社長である。
叶うはずない恋だった。
拒絶された妹は、絶望し、自死したのだ。
遺体は今も見つかっていない。
一番愛した妹を、幸せにできなかった私は、妹が勤めていた工場の前で泣いた。
妹を拒絶した社長を許せないと思った。
八つ当たりだった。
自分でも分かっていた。
私が泣いていると、その土地に棲みついている邪霊たちが私を煽った。
力を貸してやる
その代わり、贄を寄越せ
私はその場で自分の血を捧げた。
すると、血の色のような爆炎が、工場を焼いた。
ふらふらしながら家に戻ると、母がこと切れていた。
贄とは私の血などではなく、誰かの命のことだったのだ。
妹も母も亡くなった。
虚無感に包まれたまま、私は東へ向かった。
生きる意味などなかった。
ただ、遠くへ、遠くへと逃げた。
辿り着いた先で、運命の出会いをしてしまう。
幸と不幸は、いつも隣合わせだ。




