【第一部】絶望 二章 地上と地底 6
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その日から、恭介の集中力は跳ね上がった。
水を操る能力が向上した恭介に、メイロンは言う。
「そろそろ打つことを覚えようぜ」
メイロンが土の塊を同時に複数投げ、恭介がそれを拳で砕くという練習が始まった。
最初は恭介の拳が宙を切るだけで、体や顔が泥まみれになった。
三個投げられて、二個砕ける。
五個投げられて、四個砕ける。
十個投げられた土塊を、恭介がすべて砕けるようになった頃のこと。
黒い腕が無数に、泉の水面から生えてきたのである。
しかも、腕はすぐには消えず、どんどんと長く伸び、その指先は明確な意思を持って、泉の周囲の木々を掴み、粉砕し始めた。
泉の水面は荒れ狂い、あたかも河川の氾濫の如く、その縁を乗り越える。
恭介は泉に向かっている途中で、荒れ狂う水と、そこから伸びるたくさんの黒い腕を見た。
恭介を認めた一本の腕が、恭介の首に掴みかかる。
恭介は反射的に振り払うが、さらに何本も腕が伸びて襲ってきた。
だめだ、かわし切れない!
恭介の首と顔面が捕まえられた瞬間、青白い光が走る。
伸びてきた黒い腕は、鮮やかな切口で落とされた。
「大丈夫か、かげっち」
音もなく現れたメイロンが、人差し指で鼻をこすった。
「めんどくせーが、これ以上荒らされたくねーな」
「手伝いましょうか、メイロン」
上空からスズメの声がした。
「いらねーよ」
メイロンはいきなり、スズメより高く飛び上がった。
地底の上空に轟音が響く。
突風が吹き、木々の葉がばらばらと散る。
風と共に、泉をめがけて、金色に光る一体の竜が飛んでくる。
恭介は息をのむ。
「あれがメイロンの真の姿です」
恭介をかばうように、スズメが降り立った。
「まあ、あの姿になったメイロンにかなう敵はあまりいませんよ」
スズメの言った通り、竜の姿となったメイロンは、風をまとい、土砂をふらし、またたくまに黒い腕を一掃した。




