【第四部】 追跡 三章 交差する光と闇 1
1
畑野が恭介に語った話は、歴史や地理、果ては畑野の専門である遺伝子に関してまで、多岐に渡るものであった。
「お前も聞いたことがあるだろうが、日本人の姓は、元を辿れば『源平藤橘』に行きつく。お前の家は、その藤、藤原氏の末裔だ」
そこまでは恭介も知っている。
「だが、俺の姓、畑野は、源平藤橘より古い『秦氏』から来ている。聖徳太子の時代の秦河勝が、先祖だという」
恭介は、白井から、簡単に聞いていた。
瑠香が香弥子と対峙し、香弥子の力を削いだのは、瑠香が秦氏の流れを組む者であったからだと。
「秦河勝にまつわるエピソードを読む限り、秦は優れたシャーマンであったと、俺は思う。今風に言えば、霊能者か」
秦氏一族は、その霊能を持ってして、呪いを破る一族ということか。
「まあ、そんな単純なものでもないだろう。昔の疫病、つまり今の感染症や、農作物の不作による飢饉、国内外での紛争なんてもんは、神仏にすがることしか解決方法がなかった時代さ」
なるほど、現代は、科学が神に代わったか。
「秦氏は大陸からの渡来人だった。そこで得ていた知識と情報は、一族繁栄のためのアドバンテージだったろうな、ただな」
ただ?
それだけではなかった?
「疫病や天災や動乱が、たまたま、偶然起こっているとは、秦は考えなかった」
偶然でないとすると、何かの意図が働いている?
「そういうことだ。誰かが、この国に混乱と不幸を招くために、疫病や飢饉をもたらしている、そう考えた」
そんな…
誰が
「秦は太子とともに、不幸を招こうとする者たちと、戦っていたのさ。あちこちに仏教を基盤とした、寺を建てたりしてな」
ああ、法隆寺や四天王寺か。
「しかし敵も思いがけない方法で、国家の根幹を揺るがそうとした。常世の神事件は、その一つだと俺は考えている」
常世の神
虫を崇める信仰だったという…
「あれは、農作物に甚大な被害をもたらすために、宗教の衣をまとって仕組まれたもの。首謀者の大宇部多も、操られたとはいえ、それなりのシャーマン。この時ばかりは、秦本来の霊能力を駆使して、鎮圧したのだろう」
また聞きになるが、秦と大宇部多は手打ちしたようだが。
「大宇部多は操られていたことに気付くと、改心したのだよ。そして、秦に忠誠を誓った。その後、大宇部多一族は三つに別れる。本家の宇部家、そして木将家。もう一つに」
三つ?
本家と分家だけではなかったのか。
「常世の神を一番信仰していたグループは、西へ西へと流れて行った。それを、壬生一族という」




