【第四部】 追跡 二章 先人の涙 13
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「ところで」
畑野は恭介の問いには答えず、話を換えた。
「お前、資本は今、どれくらいある?」
恭介は戸惑いながらも、素直に答えた。
「およそ三十億でしょうか。藤影本社の株は、推定ですが、一割程度は押さえました」
高校生個人としては、破格な資産額である。
しかし畑野は微塵も驚かない。
恭介に、資産を生み出し、拡大していく術のいくつかを伝授したのは、まぎれもなく畑野であるからだ。
「なるほどな。どうだ、俺の島、買わないか?」
畑野の提案は、恭介の想定範囲を越えていた。
たしか、畑野は一億で、セッコク島を買ったと言っていたが。
「何故でしょう。俺にとって、どんなメリットがありますか?」
「理由は三つ」
一つ目の理由は、そろそろ畑野も島から離れ、首都近辺に腰を落ち着けようと思っている。
二つ目は、恭介の資産を増やすためにも、島のリゾート開発を、手がけてもらおうかと思っている。
「そして三つ目の理由は、お前にとって、多分最大のメリットだろう。
なぜなら、藤影薬品を巡る全てのトラブルの始まりは、セッコク島にあるからだ」
セッコク島!
恭介の脳裏に、島で見た満天の星空が浮かんだ。
生き直すことが出来るようになった島。
あの島に流れついたのも、偶然ではなかったのだろうか。
そして、恭介を助けてくれる人たちと、縁が結ばれたのも。
記憶の中の星空に、星が流れた。
恭介は決心した。
「わかりました。その話、お受けいたします」
それならば、と畑野は話を始めた。
気の遠くなるような、長い歴史の一側面だった。
この時の畑野の話により、恭介の絵本用のシナリオは、少しばかり修正されることになる。
白井が自宅でスクワットをしていると、珍しく父が、定時退勤時間で帰って来た。
「早いね、今日は」
「うん、夏の薬物取締りキャンペーンが終了したからね」
父、一樹はにこにこしている。
薬物の一斉取り締まりは、かなりの成果が上がったようだ。
「がんばってるヒロくんに、お土産買ってきたよ」
何かと思えば、鉄アレイだった。
「もうこれ重くってさあ、パパ四十肩になっちゃう」
いや、四十肩はもともとだろう。
「でもさ、スクワットとか、お祓いに関係あるのかな」
白井の腓腹筋は、既に涙目になっていた。
「そうか、ヒロくん知らないんだっけ」
「何を」
「おばあちゃん、女性で唯一、千日回峰行みたいなの、こなした人だって」
せん、かいほう?
何それ?
「まあ、女性だから、公式記録になってないし、千日まで行かないで止めたって、おばあちゃん言ってたけどね」
「そ、それで、ばあちゃん、霊能者になったの?」
ううん、と父は顔を横に振る。
「パパも詳しくはしらないんだけど、自分の霊能をつけるためじゃなくて、誰かを幸せにしたいと思って始めたみたい」
なんかスゲー
ばあちゃん、やっぱスゲー!
よく分からないけど、足腰鍛えることで、誰かを幸せに出来るなら、
それが俺にも出来るなら
俺もちょっと、頑張ってみようかな…
「ヒロくんなら、そう言うと思ってさ、ほら、五キロのダンベル二個あるよ」
それはいらん!




