【第四部】 追跡 二章 先人の涙 10
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「て、低周波? 攻撃?」
白井は素っとん狂な声を上げた。
とはいえ、白井は低周波が何か、よく分かっていない。
ここは恭介の住まい。
白井が「お土産」と差し出した、有名なテーマパークのクッキーを、三人でつまんでいる。
「多分、ね。それよりヒロ、このクッキー売ってるとこって…確か」
「デート帰りだな」
恭介と悠斗のツッコミに、白井は赤くなりながら答える。
「いや、ほら、綿貫さんが、行きたいって言うから、一緒に」
「それをデートと言うんじゃないか」
悠斗は白井の頭をくしゃくしゃにしながら、小声で囁く。
「男子の野望、第一歩だな」
恭介はキョトンとしている。
「テーマパーク行くのが野望なの? じゃあ悠斗、今度行こうよ」
「バッカ、男同士で行くのは、野望じゃない」
ともかく、綿貫が元気になって良かったと、恭介は思う。
「キョウはどうだった? お祖母さんの家に行くとか言ってたけど」
「うん、祖母とも会ったし、いろいろ聞いた。それと…母と会えた」
「良かったじゃん! そっちの方がテーマパークより重要だよ!」
恭介が母と会ったことを聞き、ほんの少し涙声になる白井は、やっぱりイイ奴だと、悠斗は思った。
「それで、祖母と母から、絵本の作者のことを聞いたんだけど…」
恭介は白井にも、絵本のモデルはやはり亜由美であったと告げた。
「ただ、モデルはもう一人いたんじゃないかと俺は思う」
「えっ、どうして?」
「病気がちで、友だちがいなかった少女という設定は、母にはあてはまらない。だから、あの絵本は、表向き、母をモデルにしたように描き、その裏にはもう一人、モデルとなる人がいて、なんとなく描きたかったのは、もう一人のモデルのことだったように思う。読み返してみると」
言われてみれば、子供向けに装丁された絵本であるが、読後につきまとう寂寥感は強い。
「キョウの両親の結婚の時に、わざわざ作った絵本だったよな」
「じゃあ、何、嫌がらせみたいな?」
「嫌がらせ、というか、これもある種の呪いだったかもしれない。例えば、絵の中に、そんな想いが込められていたなら」
呪い
恭介や悠斗は勿論、白井も綿貫も、瑠香さえも巻き込まれた人災。
突き詰めれば、それは一人の女性の想いが引き起こしたものであった。
「絵の中…あっ!」
突然、白井が声を上げた。
「わ、綿貫さんとテーマパーク行ったのは、デ、デートみたいに見えるかもしれないけど、いや、デートはデートか。それだけじゃなくて」
白井はスマホの画面を二人に見せる。
「綿貫さんが、海の絵を描きたいから、海の見える場所に行きたいって。テーマパークは、ついでみたいなもんで」
高校生向けの美術展に、綿貫は作品を出したいそうだ。
「お昼頃、東京湾見ながら、綿貫さん、風景を描いてたんだ。そしたら…」
空の上、雲がゆっくりと流れる。
綿貫はその雲を見て
「あ、竜神さん!」
そう言った。
「文化祭で、みんなで書割作ったじゃん。あの時、ドラゴンとか、朱雀だか鳳凰だか、そういうのも描いたよね」
そう、依り代を作れと命じられた恭介が、書割に四聖獣を描き、依り代とした。
舞台装置の一つが、依り代としての役割を果たせたので、ものの一分程度ではあったが、四聖獣たちは文化祭の会場に、現れたのである。
「綿貫さん、あの時、プロジェクションマッピングの画像じゃなくて、本当に竜とかが現れたって思ったって」
綿貫も感性は鋭い方なのだろう。
「それで、竜神さんの雲の絵を描いたら、竜神さん、出てきてくれないかなって言ったんだ」
白井のスマホには、綿貫がスケッチした雲の絵が映っていた。
白い雲が躍動感あふれて描かれており、確かに竜の姿に見える。
その絵からは、風が吹いて来るような感じさえする
「爽やかな絵だな」
悠斗の感想は恭介と同じだった。
先ほどの低周波攻撃の後遺症で、いささか気分が悪かったが、絵をみた途端、払拭された。
「あっ!」
今度は恭介が声を上げた。
「これだ! これで祓える!」




