【第一部】絶望 二章 地上と地底 5
6月15日、小幅加筆
5
「キヨスケよ、あまりレイ様に負担をかけるでないぞ」
泉に戻ると、リンが長い耳の手入れをしていた。
ちょっと可愛い。
「はい」と答えて恭介は、レイから聞いたことをかいつまんで話し、疑問に思ったことをリンに尋ねてみた。
「地上から、意識を飛ばすことができるなら、この泉を通して、俺が地上へ思いを届けることってできますか?」
リンはふん、と息をつき、答えた。
「出来ないこともないな。ただし…」
それには、いくつかの条件が必要であった。
「天空の星廻り、受け取る側の感受性、そして何よりも」
リンは恭介の胸を軽くたたく。
「お前の思いの強さ、だ」
リンは泉の水を自分の掌に乗せる。最初に水で地球を形作ったように、リンの手の上で、水は恭介の姿を成型した。
「このくらいの小技が使えるようになったら、思いが届けられるやもしれんよ」
水を掬って、会いたい人の姿形を作ってみろ、とリンは言った。
会いたい人、思いを届けたい人は二人。
母
そして、悠斗。
天空の星々の動きと、どの星がどう動くと何が起こるか、ということについては、今まで同様、泉での知識をひもとくことで、さほど時間もかからずに、恭介は習得できた。
だが、水を操るような思念を持つことは、存外難しかった。
ある日、恭介がいつものように、泉のほとりで水に思いを込めていると、スズメがバサバサと降り立った。
「水遊び、ですか?」
恭介は笑いながら答える。
「まあ、そんなとこかな。水に形を与えるって、難しいね」
スズメは小首を傾げる。
その名の通り、小鳥みたいだ。
「恭介さんは、石をもっていませんでしたか?」
ああ、悠斗から貰った、プレなんとかの原石か。
お守り代わりに小さな袋に入れて、いつも首にかけている。
取り出して「これ?」と聞くと、スズメはコクコク頷いた。
プレシャスオパールの原石は、薄いオレンジ色に光る。
「それは、プレシャスのようなユラユラ揺れる光だけでなく、炎の色も併せ持つ、稀少な石のようですね」
スズメはこともなげに言う。
「この石の力を借りれば、出来ますよ」
「えっ? 石のちから?」
「そうです。恭介さんも、陰陽五行の知識は知ってますよね」
木・火・土・金・水のことだろうか。
「そうです、地上のあらゆるものは、その五種類の元素からなり、互いに影響を与えて循環する。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生じるという…」
「それなら、この石は…」
恭介は原石を握りしめた。
「原石は鉱物です。すなわち『金』。金は水を生み出すことが出来る」
恭介は原石を強く握りしめ、悠斗の顔を思い浮かべた。
瞬間
石の間から水があふれだし、空中に人の姿を形作った。
「悠斗!」
水から湧き出た悠斗の顔は、笑っているように見えた。




