【第四部】 追跡 二章 先人の涙 7
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恭介は、祖母の話もよく分からなくなっていた。
母が付き合っていたのは、女性だった?
女性同士で恋愛?
恭介の情緒反応は、確かに小学生時代で止まっていた。
「トランスジェンダー…」
悠斗が呟く。
「あら、難しい言葉を知っているのね」
祖母は感心したように言う。
トランスジェンダー
生まれ持った性別と、本人の性別の認識が一致していない状態。
いや、息子の目から見た母は、多分、本人の意識も女性だったはず。
相手の女性の性自認が、男性だったというのか。
恭介の脳内は、混乱していた。
チリーン
風鈴が涼やかに鳴る。
階段の軋む音が、それに重なる。
「そこから先は、私がお話するわ」
声の方向に、思わず顔を向ける恭介。
嘘!
なぜ…
まさか!
ここで…
ゆっくりと階段を降りて来たのは、恭介の母、亜由美であった。
心より先に身体が動いた恭介は、飛び上がるように立ち上がり、亜由美を抱きしめた。
かあさん…
かあさん…
かあさん!
想いは声にならず、一筋の涙になる。
悠斗も、もらい泣きしそうになった。
祖母はそっと、席をはずした。
「大きくなったね」
そう言いながらも亜由美は、恭介の頭を撫ぜようとする。
もう子どもじゃないと言いかけたが、恭介は母の手を止めなかった。
悠斗は俯いて笑っている。
どうせマザコンだよ、俺、と恭介は心の中で呟いた。
「悠斗君、だよね。君も立派になったわ」
お陰様で、と悠斗は言った。
夕陽は穏やかなオレンジ色を、三人に投げていた。
「何からどう話して良いか、分からないです、かあさん」
「いいのよ。こうして逢えて、私は幸せ」
そう言って微笑む母は、恭介の記憶の中の姿より輝いていた。
ずっと長く伸ばしていた髪を切ったようで、それがまた、母にはよく似合っている。
海に没して、地底から現世に戻って約1年。
会いたかった友人、会いたかった母に会えた。
ありがとう
それだけは伝えたいと、恭介は思う。
ようやく母子が再会したことを、まだ藤影創介は知らない。
海外にいる彼の元には、不愉快な知らせばかりが届いていた。
自分が理事を務める学校に、連続して起こるトラブル
実弟の事故
秘書であった女性は生死不明
そして
自分の跡を継がせようと迎えた、養子の重傷
何者かが、創介をじわじわと、追い詰めているかのようだ。
何が問題なのか
どうすればいいのか
手立てはすぐに見つからない。
ビジネスは順調。まもなく帰国できる。
考えをまとめるのは、それからでも遅くはない。
「お届け物です」
創介が滞在している、ホテルのドアの隙間に、メッセージカードが差し込まれた。
カードを開くと、中から花びらが、はらり落ちる。
見覚えのある色と形。
蘭か。
カードには一言
『忘れないで』
さしもの創介も、背中に冷んやりとしたものを感じる。
その言葉は遠い昔、あの島の少女が、何度も言っていたもの。
呪い、だと?
まさか
創介は古い友人に、一本電話をかけた。




