【第四部】 追跡 二章 先人の涙 5
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地底で恭介が垣間見た、父と母との出会いは、確か何かのパーティで、父が母を見初めた、といったものであった。
「それは少し違うのです。パーティで会ったというのは本当です。ですが、出会うように、仕組まれたのです」
仕組まれた…
誰が仕組んだのか。
「亜由美の兄、つまり我が家の長男は、その頃、身分不相応な野心を持っていました。しがない町工場を大きくしたい、そんな願望です」
元々、岩崎の工場は、医療用機器の部品を製造していた。
亜由美の兄、江一は、世界のトップクラスの企業に引けを取らないような工場にするために、イノベーションに着手していた。
大手薬品会社との繋がりを求めて、伝手を頼りに、藤影創介に直談判する。
融資をお願いしたい。
代わりに妹を差し出すと。
「その取引、父は、藤影創介は承諾したのですか」
「いえいえ、最初は断られましたよ。ただ、藤影さんは、江一の事業計画に、興味を持ってくださいました」
それから江一は、亜由美を拝み倒して、経営者が集まるパーティに出席させる。
「亜由美は最初、嫌がっていました。まあ、人身御供のようなお話ですし、何より当時亜由美には、親しくしている相手がいましたから」
恭介の胸が痛みを感じた。
父が激怒し、恭介を憎むようになる、そもそものきっかけ。
それは独身時代の、母の相手。
「亜由美が親しくしていたのは、大学のサークルで知り合った方で、絵を描くのが、とても上手な方でした」
そして、亜由美は創介と出会う。
出会った亜由美は意外にも、縁談に積極的になる。
創介となら結婚しても良いと。
「なぜなら、亜由美が誘拐されかけた時、助けてくれた学生が、藤影創介、その人だったそうです」
軽い衝撃が恭介に走る。
父と母、その縁は思っていたより深いのか、と。
――神様が、そう言ったから
「亜由美は、親しくしていた方と別れました。そもそも、それ程深い付き合いでもなく、すんなりと別れたはずでした。亜由美はそう思っていたのでしょう」
「相手の方は、そうではなかった…」
「はい。挙式の前日、その絵本が届けられました。日下戸某というペンネームで」
「父は、母がその方との付き合いを、続けていたと思っていたようですが。俺の出自も疑っていました」
祖母は俯く。
「そんなことはあり得ません。絵本を描き上げたその方は、どこかの島に向かう途中、舟もろとも、海に沈んでいます」
恭介の額に汗が浮かぶ。
符号する海難事故。
「それに、もし亜由美がその方とお付き合いを続けたとしても、その方と亜由美との間に、子を成すことなどできないのです」
チリーン
錫杖の音にも似た、風鈴のため息。
「なぜなら、その方は、女性だったのですから」




