【第四部】 追跡 二章 先人の涙 2
2
亜由美の実家は東京湾の近く、工場が立ち並ぶ処にある。
島内から得た情報と地図を頼りに、恭介と悠斗はその実家を探し歩いた。
時折、飛行機の影が路上を過る。
風が額の汗を飛ばしていく。
細い道の角を曲がると、恭介が立ち止まる。
「どうした?」
悠斗が声をかけると、恭介は目を閉じていた。
覚えのある風景。
記憶に残る街並み。
あれは何時のことだ?
俺はこの道を誰と歩いた?
恭介と悠斗の横を、幼児の兄妹が駆けていった。
笑い声をあげながら、二人でシャボン玉を吹いていた。
シャボン玉は虹色に光り、風に乗って飛ぶ。
パチン
シャボン玉が割れた。
恭介は目を開く。
まだ幼稚園に入る前だ。
一度だけ、母と一緒にここに来た。
夏の終わり。
蝉が鳴いてた。
陽炎が揺らめく中、母は、白い日傘を差していた。
恭介はよちよちと歩きながら、母にまとわりついていた。
その角に建つ小さな工場の看板には、母の旧姓「岩崎」の名が、刻まれていた。
工場の裏手には、家屋が隣接していた。
チャイムを押し、しばらくすると、奥から返事があった。
ガチャリと音がして、ドアが開く。
細面の老女が、顔をのぞかせる。
頭を下げ挨拶をした恭介が顔を上げると、老女が恭介の顔を凝視する。
「あ、あ、あなたは!」
老女はその先の言葉が続かない。
代わりにぽろぽろと涙を流す。
老女は亜由美の母、即ち、恭介の祖母であった。
二人は居間に通された。
仏壇には線香が細い煙を吐いている。
薄茶色の写真が一枚、年老いた男性の姿。
その横に、もう一枚の写真が見える。
若い頃の母と、その腕に抱かれた、無垢な笑顔の乳児。
「あなたが昔、ずっと昔、来てくれた時の写真です」
祖母はお茶を勧めながら、そう言った。
「いろいろ、わけありの結婚で、娘は、亜由美は実家へ来ることも、ままならない生活でした」
「大変、ご無沙汰いたしました。今日は、その母と、父のことでお聞きしたいことがあって、参りました」
正座したまま、恭介は祖母に向かった。
「その前にこれを見てください」
恭介は持参した絵本を見せた。
祖母の顔色がはっきりと変わった。




