【第四部】 追跡 二章 先人の涙 1
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九月になった。
新学期が始まっても、学園内の騒然さは続いていた。
時折、警察関係者が校内に訪れている。
そんな最中、連休の頃。
悠斗は侑太の病室に赴いた。
侑太は瀕死の状態から、脅威的な回復力を見せ、熱傷で深く傷ついた皮膚も移植なしで再生されていた。右目は包帯で覆われ、顔面は新旧の皮膚が混在していたが、思いのほか、侑太の表情は明るかった。
「憎まれっ子、世にはばかるっていうのはホントだな」
悠斗の言葉に、侑太は笑った。
学校関係で、見舞いに来たのは悠斗だけ。
憎まれっ子か、そんなもんだろう。
「キョウ…恭介も心配してたけどな、見舞いは遠慮するってよ」
恭介を見た侑太が興奮したり、バイタルが変動したりすることを、恭介は心配していた。
「心配…あいつが、か?」
「お前が落ちた時も、飛び込んで助けようとしたくらいだからな。ま、俺が体張って止めたけど」
――お前が死んだら、キヨスケが悲しむ
水に落ちた時の、不可思議な生き物との邂逅は夢だった。そう侑太は思っていた。
マジだったのかよ…
九月の風が、侑太の枕元を、くすぐる様に渡る。
「バカなのか? あいつ」
「ああ、俺もそう思う」
悠斗は病室の窓から、空を見上げた。
「キョウはさすがに金持ちのボンボンだからな。超ワガママだし、周りを巻き込むし」
そう言いながらも、悠斗は嬉しそうである。
「いきなり牧江を海外に逃がすし、戸賀崎や原沢を助けに行くし、俺も大変だった」
ああ、やはり…
やはり、そうだったのか、と侑太は思う。
かつての仲間が、侑太に掌を返したかのように、離れていった理由。
寂しいような気もするが、侑太はなんとなく清々しい気分になる。
「これからまた、あいつのワガママに付き合う予定だ」
帰ろうとする悠斗を侑太は呼び止めた。
「恭介に渡してくれ」
それは一枚のメモ用紙だった。
病院を出た悠斗は、恭介が待つ喫茶店へと向かった。
店内の片隅で、恭介は何かを読んでいた。
悠斗が向かいの席に座ると、恭介はその本を閉じる。
タイトルが、悠斗にも見えた。
いつかの絵本だった。
「元気だったよ」
「そうか」
良かった、という言葉を、恭介は飲み込んだ。
「それから、これ預かった」
悠斗は恭介にメモ用紙を渡す。
そこには、アルファベットと数字の羅列がなぐり書きされていた。
「なんだろう、パスワードみたいだけど」
メモをポケットにしまって二人は店を出た。
二人がこれから行く先は、恭介の母、亜由美の実家である。




