【第四部】 追跡 一章 科学と魔術 15
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恭介と悠斗が学園に乗り付けた時、地響きのような爆発音が聞こえた。
第二体育館の上空に立ち昇る黒煙。
ヒロ!
綿貫さん!
瑠香さん!
二人は全力で走る。
体育館の屋根は内側に崩れ、割れたガラスの破片が散っている。
金属製のドアがひしゃげて、体育館の階段下に落ちているのを見た恭介は、祈るような気持ちで入口へ駆け昇る。
体育館内は薄暗く、そこここに小さな炎が揺らめいている。
その中に駆け込んだ恭介と悠斗は、信じられない光景を見た。
透き通った円形のドームと、ドームの中に佇む四人の人影を。
ドームの最前線で、両手を広げていた白井は、恭介と悠斗の方を見て、片目で笑った。
「おせえよ」
クリスタルの様に輝く、ドーム状の結界を、白井は自力で作ったのだった。
体育館で爆発が起こる数秒前のこと。
さすがの瑠香も、鱗粉への着火を見て諦めた。
粉塵爆発が発生する。
だめだ。
呪いを祓うことはできる。方法は会得した。
だが、呪力が物理的に展開された時の対処法を、瑠香は知らない。
瑠香の父も知らなかった。
だから、機関銃の砲撃を浴びた父は、異国で命を落とした。
父の体から血液が噴出したときに、何匹もの赤い蝶が空に帰っていった。
きっと私も死ぬ瞬間、体から、何かが抜けていくのだろう。
処女のまま死ぬのか。
勿体ないな。
まあそれも運命か。
瑠香はそう思った。
その刹那
「いやだ―――! 俺はまだ、童貞なんだぞ! こんなところで、死にたくない!」
白井が叫んだ。
「ここでやらなきゃ、俺は、あいつらに合わせる顔がないだろう!」
白井の叫びと同時に、爆発の轟音が起こった。
燃え上がる炎と熱風が、体育館の片隅にいる、四人を襲った。
だが
炎も灼熱の風も、四人を避けて通り過ぎた。
白井の心の底からの強い想いが、物理攻撃を完全に無効にしたのだ。
恭介と悠斗は、白井に飛びついた。
「凄いよ、ヒロ!」
「やったじゃん!」
膝をついていた瑠香と、島内に支えられた綿貫も立ち上がる。
涙と煤で、皆、ぐしゃぐしゃの顔になっていた。
ずるずると、何かが壇上から床へと下る。
呪いをはねつけられた香弥子は、返された呪いで、その身を燃やしていた。
炭化した腕と足は、既に機能を失っているようだ。
「おのれ…おのれ…」
焼けただれた顔は、もはや人のものではない。
「香弥子さん!」
裏口から入ってきた、侑太が母にかけよる。
「香弥子さん、なんで、こんなことに!」
全身から、黒い煙を吐き出す香弥子の体を、侑太は抱きしめた。
「かけた呪いを返されたら、術者には何倍もの負荷が生じる」
恭介が香弥子と侑太の前に立つ。
「恭介! お前か!」
「違うよ、侑太。誰かを守りたいという思いが、恨みを越えただけだ」
侑太の体にも、香弥子の炎が燃え移った。
恭介の声を聞いた香弥子が、崩れた瞼を上げる。
「…さん」
声帯も焼けたのか、掠れた声が香弥子の口から出る。
「そう…すけ」
香弥子の目に涙が浮かんだ。
「きて…くれた…のね、そう…すけ…」
香弥子は恭介を見て、「そうすけ」と言った。
香弥子の体を支える、自分の息子の存在を顧みることなく。
黒い骨となった腕を、恭介に向かって伸ばす香弥子の姿に、侑太の心中、何かが切れた。
侑太の、たった一つの願い。
それは…
「もういいよ、終わったよ、かやこ、いや、母さん」
全身が崩れて、塵となっていく香弥子を抱いたまま、侑太は恭介に笑った。
邪気も嫉妬もない侑太の笑顔を、恭介は初めてみた。
自らも、全身炎に包まれた侑太は、香弥子と一緒に、焼けた床に開いた、穴の縁に向かう。
「何する気だ、侑太!」
恭介に答えないまま
「じゃあな」
それだけ言って、侑太は穴にダイブした。
「止めろ―――」
侑太を止めようと手を伸ばす恭介を、背後から悠斗が押さえた。




