【第四部】 追跡 一章 科学と魔術 14
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侑太は、取り巻きが乗ってきていた単車に乗り、香弥子の元へと向かった。
こんな時に限って、仙波は近くにいない。
藤影創介が、海外の薬品会社の買収を進めており、仙波も今回は帯同している。
香弥子に連絡がつかない。
儀式が佳境に入っているのか、あるいは…
侑太は冷汗が止まらない。
恭介は死んだはずだ。
侑太らは、豪州の海に彼を葬った。
だが
先ほどのピアノの音。紛れもなく、恭介の演奏だった。
俺は恭介が嫌いだった。
きっと、恭介も俺を嫌っていた。
あれは学園の小学部の入学式。
香弥子は侑太の周囲の児童を見渡し、言った。
あの子とあの子、お友達になりなさい。
ああ、あれはダメ。
そうね、あなたの片腕になるのは、ほら、あの子。
香弥子の言う通り、原沢と戸賀崎とは、すぐに仲良くなった。
片腕にしろと香弥子が言った悠斗は、侑太が声をかける前に、自ら恭介を選んだ。
それを香弥子に伝えると、香弥子は「そう」と笑った。
可愛そうにね
侑太を選ばなかった彼は、これから苦労が待っているわ
香弥子は侑太の考えや、侑太の仲間たちの未来を尽く当てた。
そして、侑太が叶えたい願いを、ほとんど全て実現させた。
侑太に逆らう子どもや保護者は、事故や病気でいつの間にか姿を消した。
だが
どんなに願っても、叶わないことがある。
それは仕方のないことよ。
香弥子は言った。
なぜだ!
俺は藤影の跡取りとして、恥ずかしくない男になるため努力した。
勉強もスポーツも、コミュニケーション能力も。
それでも、手にいれることが出来ないものがある。人がいる。
理不尽
不愉快
元凶は、アイツだ!
侑太がようやく学園に着いた時、第二体育館の窓から、火柱が上がった。
「香弥子さん!」
侑太は単車を投げ出し、体育館へ向かった。
断末魔の叫び声を上げながら、香弥子は胸に刺さった矢を引き抜いた。
えぐり取られた胸の渦巻模様からは、大量の血液とともに、何かがズルっと這い出した。
「はたの、だと…? 馬鹿な。秦一族とて、歴史の闇に沈んだはず…」
香弥子の荒い呼吸が体育館の後方にまで伝わってくる。
しかし、目はまだ死んでいない。
「闇にまぎれたが、一族は現存している。四方に散って、国を守っているぞ」
瑠香の矢で撃ち落とされた蛾が、いまだ羽を動かしている。
そこへ集まる蟹の群れ。
さらに
香弥子の胸から這い出した、血の塊がそこに加わる。
「国を守る? そんなご大層な理念いらぬ。私は、私の願いを叶えたいだけだ!」
香弥子は血まみれの両手を重ね、印を組む。
口元からは、小声で呪詛が漏れてくる。
「ちっ! まずい。ヒロ、みんなと下がれ!」
香弥子の印が放たれた瞬間、体育館の床に集う、呪われた生き物たちに火がついた。
ぎゃあぎゃあと呻き、蠢くものたち。
そこここに舞う、蛾の鱗粉にその火種がつく。
轟音とともに、爆発が起こった。




