【第四部】 追跡 一章 科学と魔術 13
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「恭介!」
侑太は叫ぶ。
「ふざけろよ! 亡霊が!」
侑太は手に持つグラスを、恭介に向かって投げつけた。
音もなく避けた恭介の背後の、窓ガラスが派手に割れた。
女子たちの叫びが起こる。
グラスがすり抜けた如くに見えて、侑太は目を見開いた。
本当に、亡霊なのか、コイツ。
「お前はあの時も、ピアノと俺に暴力をふるったな。部屋は滅茶苦茶になったぜ」
いや、亡霊ではない。
大人びた雰囲気になってはいるが、面差しはかつての恭介のものである。
ゆっくりと近づく恭介に、侑太は取り巻きに目配せする。
一人の男子が、アイスピックを恭介に振り上げる。
もう一人の男子は、電気コードを鞭のように回す。
「止めろよ。ケガするぞ」
恭介がそう言った瞬間、風が通り過ぎる。
二人の男子は互いに相打ちとなる。一人は腕にアイスピックが突き刺さり、もう一人はコードの先が目に当たり、顔を押さえた。
女子たちが叫びながら、出口へ向かう。
それを止めようとした男子らは、ドアの横にひっそりと立つ、悠斗によって床に這いつくばる。女子たちは全員、外へと逃げた。
悠斗の姿を認めた侑太は、口元を歪ませる。
「なんだ、悠斗。来てたのか。俺の体と、テクが忘れらないってか」
殴りかかってきた男子の腹を、思いきり蹴った悠斗は笑う。
「んなわけねーだろ、バーカ」
取り巻きの最後の男子が、ガラス瓶を悠斗の頭に打ち付ける。
悠斗は瓶を持った男子の腕を、軽く捻って壁に投げつけた。
「俺が本気で拳を揮うのは、昔も今も、恭介のためだ!」
侑太は歯ぎしりをしながら、恭介と悠斗を見つめた。
「お前らだな! 俺から仲間を次々奪っていったのは」
「仲間? お前に仲間なんていたのか」
恭介は鼻で笑う。
「幻想だな、それは」
額に青筋が浮かんだ侑太が、恭介の胸元に手を伸ばしたその時、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
「どうするよ、侑太。残ってる飲み物、中にヤバイ薬でも入ってるんじゃないか?」
悠斗の言葉に、侑太は身を翻し、ドアの外に飛び出した。
恭介と悠斗は、窓から外へ出た。
「ねえ、悠斗」
「何?」
「侑太と、何かあったの?」
この忙しい時に、恭介の目は、また小学生みたいになっていた。
「べっつに何も。ああ、セクハラは受けたかな」
「そっか。じゃあセクハラ野郎の退治に行くか」
侑太が逃げて向かうのは、侑太の母、香弥子が巣食う、狩野学園の体育館。
いや、そこに向かわせるために、二人は侑太に揺さぶりをかけた。
前提として、西新宿や横浜に侑太らがたむろすることがないように、予め発煙筒による騒ぎも起こしていた。
警察が出動するような場所に、侑太は近づかないであろうと、ふんでいたのである。
その体育館では、瑠香が放った矢が、香弥子の胸の渦巻模様に突き刺さっていた。
香弥子は矢を引き抜こうとするが、渦巻から離れない。
「トコヨノカミヲ ウチキタマスモ…」
瑠香が呟く呪文に、香弥子は悶える。
「お前、なぜ、その文言を使える!」
トコヨノカミヲ ウチキタマスモ
「私は宇部家に生まれたが」
瑠香は答える。
トコヨノカミヲ ウチキタマスモ
「今は、畑野の娘だ!」




