【第四部】 追跡 一章 科学と魔術 5
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優雅なメロディが流れている。
モーツァルトだろうか。
ぼんやりとした頭と、けだるい身体を抱えながら、綿貫の意識は半分ほど覚醒した。
ここ、どこ?
今、何時?
頑張って目を開けてみたが、周囲はすべて赤い。
私は何してるの?
目を閉じたら、意識は再び、闇に落ちそうである。
とにかく体を起こそうとして、綿貫は動けない自分に気付く。
ようやく首だけ動かすと、視線に入ったのは、むき出しの、綿貫自身の胸だった。
掌で触ってみようとして、手首も拘束されていることが分かった。
照明は、綿貫の全身を陰影をつけながら赤く染めていた。
記憶をたどると、白井の顔が浮かぶ。
「また、明日」
そう彼は言った。
白井のおばあ様に、占いをしてもらって、プレゼントの交換して、白井に家まで送ってもらって…
あれは夜。虫が鳴いてた。
白井の背中をしばらく見送り、家に入ろうとした。
そこからの記憶がない。
頭痛もする。
「あら、お目覚めかしら、お嬢さん」
赤い光をまとった女性が、綿貫を覗き込んでいた。
豊かな髪が綿貫の胸にかかる。
燃えるような色の髪。
むせるほどの柑橘系の香水。
その奥に微かに漂う甘い匂い。甘いけれど、あまり嗅ぎたくない。
なんの匂いだろう。
「うふふ。可愛いわ。さすが十代の肌は輝きが違う」
女性の瞳は、満月の色だった。
長い爪を綿貫の胸に滑らせる。
「うっ」
綿貫は呻く。声にはならない。
女性の爪は綿貫の鳩尾に傷を与えた。
素肌に流れる液体の感触。
綿貫には見えないけれど、彼女の体内から、血液が流れだした。
「半日かけて、血液の凝固阻止剤を投与したから、血の流れも勢いがあるわ」
拘束されている綿貫の手首には、細長いチューブがあった。
ぎょうこ、そしざい?
お父さんが飲んでる薬?
グレープフルーツを食べられなくなるっていう
女性は綿貫の血を爪で掬い、ぺろっと舐めた。
「甘いわね、処女の血」
漂う甘い匂いの正体は…
まさか!
女性はがさがさと、何かの箱を開く。
無数の石がぶつかり合うような音が、綿貫に聞こえた。
「ねえ、お嬢さん。人間は、そんなに血を飲めないのよ。だって胃の中で凝固してしまうから」
ぶつかり合う石の音は、更に大きくなる。
カチカチカチカチ
「でもね、人間の血を大量に吸った生き物を、食べることはできるわ」
カチカチカチカチ
「そして私は、そんな生き物を、たくさん持っているの」
綿貫の目に、カチカチと音を鳴らしながら、押し寄せてくるものが見えた。
真っ赤な、無数の蟹だった。
蟹の目は、傍らの女性の瞳と、同じ色に光った。
一方、恭介たちは、綿貫の救出を行うべく、計画を立てていた。
恭介に向かって、白井が珍しく声を荒げる。
「学校に、誰がいるっていうんだ!」
「侑太の実母、新堂香弥子」
白井は、どこかで、女の悲鳴が聞こえたような気がした。




