【第四部】 追跡 一章 科学と魔術 2
2
夏休みも終わりに近づいた頃、恭介の住まいに悠斗と白井がやってきた。
「やっと宿題終わったよー!」
開口一番、白井は底抜けの笑顔である。
「ああ、外部生は俺らと違って、宿題多いんだっけ」
悠斗は、「ほら」と、コンビニの袋を恭介に渡す。
棒アイスが入っていた。
「もうさ、ばあちゃんとオカンの二人がかりで、毎日説教よ」
白井の祖母と母親は、白井の宿題完成を見届けて、今朝、地元に帰っていった。
「そうだ、ばあちゃんから預かった」
白井は恭介にプリントされた紙の束と、お札を渡す。
何かの役にたつだろうと、柏内は言っていた。
「ありがとう、ヒロ。お二人にもよろしく」
「キョウ、おじさんの容態は?」
「ICUから一般病棟に移った」
ただし、意識はいまだ、混迷しているそうだ。
「そっか」
そう言った悠斗は、恭介の机上に置いてある本を手に取った。
「キョウ、この本って」
「ああ、瑠香さんが島から持ち帰ったもの。昔、人気があった絵本なんだってね」
「知ってる。俺、保育園のとき、読んだ…」
白井もアイスを齧りながら、興味深そうに覗き込む。
『天使の願い事』
表紙にはその題名と作者名、そして天使のイラストが描かれていた。
「俺、家では絵本禁止だったし、狩野の幼稚部にも置いてなかったから知らなかった。俺が、母方の親戚に会うつもりだって瑠香さんのお祖父さん、畑野さんに伝えたら、行く前に読むようにって」
恭介は白井にも「知ってた?」と聞いた。
「いや、俺、漫画しか読まなかったから、知らないなあ」
恭介は悠斗に尋ねる。
「内容、覚えてる?」
「ああ、見習い天使が、人間の願いを叶えていく、みたいな話だよな」
古ぼけた絵本を開く。
天使は、大天使になるための試験を与えられた。
無事に合格したら、大天使へ。
不合格なら天使の翼をはく奪される。
試験内容は、誰かの願いを十個、叶えてあげること。
天使はある少女の願いを叶えることにした。
少女は体が弱くて、いつもベッドに寝ていた。
少女の一番目の願いは、病気を治したい。元気になりたい。
天使は少女の願いを叶えた。
元気になってきた少女だったが、表情はぎこちない。
少女の二番目の願いは、笑いたい。笑顔を覚えたいこと。
天使は少女の願いを叶えた。
体も丈夫になり、明るい表情になってきた少女は、今まであまり通えなかった、学校に通いたくなった。
少女の三番目の願いは、学校に行きたい。学校で勉強してみたい。
天使は少女の願いを叶えた。
少女は学校に毎日通うようになり、勉強も好きになった。だが、音楽の授業は、少し大変だった。人前で、歌を唄うことができないからだった。
少女の四番目の願いは、歌を覚えたい。
天使は少女の願いを叶えた。
少女は歌を唄えるようになると、みんなと一緒に唄いたくなった。でも一緒に唄ってくれる友だちがいなかった。
少女の五番目の願いは、友だちが欲しい。
天使は少女の願いを叶えた。
友だちができると、友だちとどこかにお出かけしてみたいと少女は思った。
少女の六番目の願いは、遊園地に行きたい。友だちと一緒に。
天使は少女の願いを叶えた。
少女は学校に通い、友だちと楽しく過ごして何年かたった。友だちはそれぞれ、恋人ができ、少女と一緒に遊ぶことも減った。
そこで少女の七番目の願いは、自分もステキな異性と知り合いたい。恋人が欲しい。
天使は少女の願いを叶えた。
少女は何人か、ステキな異性と知り合った。でもお茶を飲んで、電話でお話しするだけ。
少女の八番目の願いは、デートがしたい。異性と二人で。
天使は少女の願いを叶えた。
少女はある異性と二人きりでデートをするようになった。でも、手もつながないで、夕方にはさよなら。
少女はいつしか大人に近付いていた。
少女の九番目の願いは、キスをしてみたい。あの人と。
天使は少女の願いを叶えた。
大人になった少女は、あの人と結婚したいと思うようになった。
少女の十番目の願いは、あの人と結婚したい。
天使は
少女の願いを叶えなかった。
あの人と結婚したら、少女が不幸になることが、わかっていたから。
あの人と別れて、涙を流す少女。
天使のお目付け役の大天使は
人間を悲しませた罪は大きいと言って、天使の翼を取り上げた。
真っ逆さまに堕ちていく天使。
天使は思う。
今は悲しませても、きっと少女のためには良かったのだと。
場面は変わって、美しい女性に成長したあの少女が、子どもを抱いている。
傍らには、少女が結婚したいといった人とは別の男性。
抱かれている子どもの顔は、願いを叶え続けた、天使にそっくりだった。
「なあ、これ、子ども向けの絵本なの?」
白井が首を傾げる。コンセプトがわからん。
悠斗は恭介に向かって俯きながら話す。
「俺、細かい内容は忘れてたけど、この天使の顔だけ覚えてた。キョウを初めて見た時、似てるって思ったんだ」
「いや、俺じゃない」
恭介の顔色がわずかに変化していた。
「ここに出てくる少女、特に成長してからの顔貌は、俺の母そっくりだ」




