【第三部】 開始 六章 遺伝子と環境 14
14
病院の駐車場から入口まで続く道を、恭介らは歩いていた。
晩夏の日差しはいまだ強く、恭介の背を照らす。
恭介の足元に、黒い影が落ちて来た。
来た!
上空には一台のドローンが舞っている。
いつぞやの、地上に酸を振りまいたものと、おそらく同じ機種である。
恭介のスマホが震えた。
「わざわざお越しいただいて、感謝しますよ」
仙波の声がした。
同時に、恭介の足元に白煙が上がる。
ドローンが落とした酸性物質の反応だ。
「俺に何の用だ、仙波」
ドローンの攻撃に顔色一つ変えず、恭介は仙波に言う。
「おとなしく、あなたとあなたのお友達が私に従ってくだされば、すぐに済む用事です」
「従わなければ?」
仙波は答えず、ドローンは二回目の攻撃を行う。
「病院内にも同じものを飛ばします。新堂陽介様の病室に」
「やってみろよ」
恭介は笑う。仙波のいる場所が分かっているかのように、そちらに顔を向けた。
「単なる脅しだと、でも?」
病院の屋上に、複数のドローンが現れた。目視でも十数機。
「うわっ」
白井が小さく叫んだ。
「俺が何の手も打たず、ここまで来たと思うのか、仙波!」
恭介がそう言った途端、彼らの頭上のドローンが真っ逆さまに落ちた。
機体は破壊され、搭載されていた強酸性物質で、一部は溶解した。
スマホの向こうで、息を吸い込む音がした。
病院の屋上から、すべてのドローンが一斉に落下した。
仙波との通話は切れた。
恭介が片手を上げる。
待機していた人たちが、地上のドローンを素早く回収した。
「なんか、すげえな」
白井が、緊張感をまとったまま口を開く。
「俺、一回攻撃受けたからな。ドローンは脅威だよ。だから対処してた」
「白井の家、大丈夫かな」
心配そうな悠斗に、恭介は答える。
「家屋に浸入したら、防犯装置が作動するし、柏内さんと寿和子さんは、すでに脱出済みだ」
「仙波はどうする?」
「今は、ほっとく」
仙波は白井の家に向かった部下に、ミッションの停止指令を出した。
あれだけのドローンを一斉に封じ込める奴なら、家の方も万全の対策を取っているだろう。
まさか、高校生の分際で、ドローン攻撃を地上から防衛するシステムなど、用意できるとは思っていなかった。
それにしても
仙波は笑う。
『俺が何の手も打たず、ここまで来たと思うのか』
あのセリフはちょいと響いた。
「俺が何の手も打たず」とは、藤影創介が、しばしば口にする言葉である。
「血は争えない、ということか」
歯をむき出しにしながら、仙波は笑い続けた。




