【第三部】 開始 六章 遺伝子と環境 9
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夏休みの終わり近く、白井に連れられ、恭介と悠斗は、白井の故郷に赴いた。
東京から、在来線でも一時間半。
海はないが、山脈は美しい。
「お前、こっから通学しようと思ったら、出来るじゃん」
悠斗に言われて白井はあたふた答える。
「い、いや、駅からウチまでが遠いんだよ」
駅前ではSUV車が三人を待っていた。
「こんにちは。初めまして」
車の窓から顔を出した女性は、白井の母、寿和子だった。
ショートヘアが似合う、若々しい女性だ。
「ヒロって、お母さん似なんだね」
恭介がそう言うと、白井は照れながら、寿和子に二人を紹介した。
「いつも弘樹がお世話になっていますね。うわあ、噂通り、二人ともイケメン! おばさん、テンション上がっちゃうわ」
「余分なこと言うなよ、おかん」
車は繁華街を抜け、郊外へと向かう。
山の姿が近づいてくる。
車中では、寿和子が語る「余分なこと」、すなわち白井の中学時代のエピソードに恭介も悠斗も大笑いした。
白井の実家は、駅から車で三十分くらいのところにあった。
立派な門構えの日本的家屋で、門は東南を向いていた。
風水的に、良い造りである。
玄関では、白井の祖母の柏内が待っていた。
「ようこそおいで下さいました」
恭介と悠斗は、それぞれ手土産を渡す。
「弘樹が高校のお友達を連れてくるとは」
しみじみと柏内が言う。
「お前、ひょっとして、ぼっちだった?」
「ち、違うよ!」
悠斗がからかうと、白井は頬を膨らませた。
その日の日暮れ、恭介らは柏内の部屋で、高校での一連の騒動や、房総での出来事を話した。
蜩が鳴いていた。
一つひとつの話に頷きながら、柏内はなぜ、白井を東京へ送り出したかを語り始めた。
「実は一昨年のことです。祈りを捧げていると、お山から南に向かって、突風が吹きました。神が渡っていく風です。南には、首都東京がある。きっと、何かが東京に降りるのだろう。そう、私には感じられました」
「じゃあ、ばあちゃんが東京に行けばよかったんじゃ」
「いいえ。私にはこちらの行があるのです。そして、南の方位の象意には学問の意味もある。これから勉学を深めていく、弘樹にはぴったりの方位だったのです」
「しょうい?」
「方位が持つ効果、みたいなものだよ」
白井の疑問に、恭介が答えた。
「その通りです。では、南の方位が持つ、他の象意もご存じでしょうか」
恭介は地底で覚えた方位の意味を思い出す。
「あっ!」
「そうです、アクだし、すなわち毒を出す作用。さらに言えば麻薬などの薬物の意味」
「だから、親父も一緒に住むことになったの?」
「ふふ、それもありますね」
なるほど。
恭介を溺れさせようとした連中も、本人の持つ灰汁を出す必要があったのか。
「では、柏内さん、俺が房総の海底で見た、八人の女性とは、一体何だったのでしょう」
柏内の表情が、わずかに険しくなる。
「弘樹、あの塩を持ってきなさい」
白井は黙って従った。
白井が持ってきた天然塩を、柏内は部屋の四隅に撒いた。
「この家屋も私の部屋も、普通の邪気なら入ってこられませんが、ミサキは少々手ごわいのですよ」




