【第三部】 開始 六章 遺伝子と環境 2
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恭介や悠斗も、それぞれの夏休みを過ごしていた。
悠斗は学園の許可を得て、瑠香の紹介で、会計事務所の期間限定バイトをしている。
白井は実家に帰らずに、父と一緒の生活を送っている。夏休みの宿題に行き詰まると、たまに恭介の家に遊びに来る。
その恭介は、調べることがたくさんあり、日々のほとんどを室内で過ごしていた。
原沢が、兄駿矢と北欧に旅立つ日に、悠斗に長いメールを送ってきた。
そこには、恭介を海難事故に見せかけ消失させるための、当時の計画が書かれていた。
その裏付けを取る作業に、思いのほか時間がかかっていたのだ。
バイト帰りの悠斗がやって来た。
窓の外はまだ仄明るいため、恭介は時間の感覚が薄れていた。
夕方になっていた。
「どうせ今日も一日、何も食べてないだろう?」
悠斗は持参した軽食を、恭介にも渡した。
「ああ、サンキュ」
「だいたいさ、キョウが食べてるのって、果物かナッツくらいだろ? 夏バテするぞ」
「そうかな…」
自分では気が付かなかったが、地底での食生活が半ば習慣化しているのかもしれない。
地底での生活を思い出し、ふと、恭介は悠斗に聞いてみた。
「明日もバイト?」
「いや、休み。だからお前んトコに来た」
「良かった。じゃあ、明日、一緒に行かないか?」
「いいけど、何処?」
「海。釣りがしたい!」
白井も誘ったら、二つ返事でのってきた。
翌朝、三人は房総半島の、とある海岸に向かって出発した。
恭介と悠斗が小学部時代、臨海学校で訪れた場所である。
東京から高速バスに乗り、東京湾を渡る。
アクアラインを通るのは初めてという白井は、テンションが高い。
「白井、綿貫さん、誘わなかったのか?」
悠斗が笑いながら尋ねると、白井は口を尖らせて答えた。
「い、いや、誘ってみようかなって思ったんだけど…」
昨夜、白井は帰宅した父に、釣りに行くと言った。
「え、何なに、釣り? 房総? 早く言ってくれれば、パパ、有休取ったのに」
「いや、働けよ、公務員」
「こう見えても、パパは高校時代、釣りキチといわれた男」
「あんた、海なし県で育ってるじゃん!」
白井一樹が釣りキチと呼ばれていたかは不明だが、釣りは初めてという息子のために、彼はいくつかの注意事項をレクチャーした。
「あのさ、釣りって女子も出来るの?」
白井が尋ねると、父はニヤっと笑いながら答えた。
「うーん、出来なくもないけどね」
海釣りで使う餌は、初心者の女子にはハードルが高いと聞いて、白井は諦めた。
白井の話を笑いながら聞いていた恭介だったが、ぽつりと呟いた。
「いいなあ、白井は」
「何が?」
「お父さんと仲良くて」
恭介の表情を見ながら、悠斗も言った。
「そうだな、俺も羨ましいな」
「そうか? クソうざいぞ、あの親父。誘いたかった女子ってどんな娘か、しつこく聞いてきたし」
ひとしきり語る白井に、夏の日差しが円を描いた。




