【10】
あれから2日――。
私たちは、森の中を歩き続けた。
――ぐううううううう
急に、はしたなくお腹が鳴ったので、私は顔を真っ赤にしたが――、
「失敬、私の腹の虫が粗相をした。実は少々空腹でね」
ローランドは、自分の鳴らした音だということにしてくれた。
このゴリラ、さすが紳士だ。
ふたりきりなのだから無意味な取り繕いではあったけれど、こんな森の奥でも淑女として扱ってくれること自体がうれしい。
「ちょうど、そこに食べられる木の実がなっている。
朝食にしよう」
そう言って もいだのは、赤くて1セッチ(1セッチ=1cm)ほどの小さな果実をみっつ。
それと歩いている途中で拾った、まるまる大きなどんぐりを1個。
あとは、この逃避行の中で何度か食べた、保存食用の固いパンと、金属のびんに入った油漬けの魚のペーストだった。
「この果実は甘いが、3粒以上食べては駄目だ。腹をくだす」
「気をつけます」
「こっちのドングリは苦くて渋いが栄養はある。薬と思って食べておきたまえ。
パンと魚は……まあ、いつもの通りだ」
「いいえ、私はこのパン、好きですよ」
パンに魚ペーストを塗ってから口にすると、腐りかけたお魚の臭いとパンのかびくさい臭いが、ぷんっと鼻にひろがった。
味もひどい。
でも、逃亡中で火の使えない私たちにとっては貴重な栄養源だった。
(それに……ローランドは、このパンさえ我慢しているのだし)
彼は隠しているが、知っていた。
このパンとお魚ペーストはローランドの分だ。
自分の分を私に譲り、もっとまずいどんぐりを食べてがまんしていたのだ。
「本当に、ローランドはパンはよろしいのですか?」
「かまわんよ。
私はゴリラだ。ドングリもおいしく食べられる。
これを不味く感じる人間たちを気の毒に思うね」
強がっているが、後ろを向いて顔をしかめているのを私は知っていた。
赤い果実はほんのり甘い。
すぐ近くに生えていたので、その気になれば追加でもっと食べることはできたが、言いつけ通り3粒でがまんした。
もしお腹を壊したりすれば、足手まといになってローランドに申し訳がないし、
それ以上にこの紳士イケボゴリラに、
『お腹の具合が悪いので、そこの茂みでお花摘みをさせてください』
なんて言わなければいけなくなったら、きっと恥ずかしさで死んでしまうだろう。
最後に、水筒に溜めておいた朝つゆを一口。
「苦労をさせてすまんな。
大聖堂では毎朝、豪華な朝食だったのだろう?」
「ええ、まあ……。
ただ、私はしょせんおかざりですので、そこまででもありませんが――」
それでもパンは柔らかかったし、甘いオムレツやあつあつのスープ、食後にはお腹を壊さないデザートと、異国産のお茶も出た。
だが、それでも、この固いパンと森でもいだ実は、決して悪いものじゃない。
あのくそ教会に用意されたものじゃなかったし、それに――
(ローランドがいるから……)
彼と食べるなら、かびたパンでも美味だった。
「食べたかね?
では、行くぞ――エウァ」
「ええ、ローランド」
彼はまだ、私の名を呼ぶとき、ぎこちない。
――それも、なぜだか、ぐっときた。
「足元が悪い。私の背中に乗るといい」
「はい」
ローランドはゴリラらしく、四つ足のナックルウォークで森を歩く。
私は、彼の背負った大剣を手すりがわりに背中に腰かけ、揺られ続けた。
その調子で、1時間(地球の約0.98時間)ほど歩き続け……。
「朗報がある」
「なんでしょう?」
「もうすぐ森を抜ける。
里に出るぞ」
その、わずか数秒後。
私たちは薄暗い森を抜け、まぶしい陽光に包まれた。
――人里だ!
目の前には農園がひろがり、家もある。
里の中央からは白い煙がのぼっていたが、おそらくは共同のパン焼き窯だ。
「やったぞ、エウァ。
これで、まともな食事にありつける」
「まあ。どんぐりがおいしかったんじゃなかっんですか?」
「あんなもの本当はクソだ。
やわらかいパンばんざい! 腐ってない魚ばんざい!」
驚きのてのひら返しだったが、実は私も同意見だ。
やわらかいパンばんざい! 腐ってないお魚ばんざい!




