【9】(※第8話は欠番です)
(※第8話は、後日投稿予定です)
「――というわけだ。
だから、きみは悩まなくていい。
その男にくらべれば、きみは無辜そのものであるのだからな」
これが、彼の過去……。
間違いあるまい。
他人のことのような口ぶりではあったが、そのゴリラこそ彼本人であったのだろう。
ローランドはずっと胸に秘めていたであろうその罪を、私を慰めるためだけにこうして語ってくれたのだ。
うんとつらいことであったろうに……。
「不思議なものだ。
こちらの世界に来てから誰にも話したことはなかったのに、きみになら話してもいいと思えた……」
それは、きっと私たちが似ていたからだ。
同じ地球の出身で、同じような罪をかかえた身。
それに、ひょっとすると話に出てきた女性ゴリラと私が似ていたからかもしれない。
(なんとなくわかる……。その|女性{ひと}、たぶん彼の恋人だ)
未熟な『女の勘』が告げていた。
「……そんなことがあったのですね」
「ああ。愚かなゴリラの話だ。笑うがいい」
「いいえ」
気がつけば――
私は彼を抱きしめていた。
彼の頭を。
これほどの巨漢ゴリラの頭部なら、それだけで大きめの赤ちゃんほどもある。
それを胸で、力いっぱい抱きしめていた。
「笑いません。
彼は正しいことをしたのです。
世界中の皆が笑おうと、この私だけは笑いません」
「そうか……」
月が雲に隠れていたため、真っ暗でなにも見えてはいなかったが、
気のせいか、ドレスの胸が濡れていた。
抱いていたローランドの目のあたりだ。
◆ ◆ ◆
「起きたまえ。朝だ」
いつの間にか夜が明けていた。
知らないうちに眠っていたらしい。
目を覚ますと、積もった枯れ葉の上で横になっていた。
ローランドが寝かしてくれたのだ。
(親切……というより、さては照れ隠しね。
彼を抱きしめたまま眠っちゃってたから、こうして枯れ葉の上に寝かせれば、ゆうべのことは夢だと勘違いするかもしれないから)
さすが森の賢者ゴリラ。こざかしい。
ドレスの胸元は、魔法処理のために染みひとつできていない。
証拠が残っていない以上、もしかすると本当に私の夢かもしれなかった。
(夢じゃないとすれば――あのゴリラ、ちょっとかわいらしいわね)
敵の兵士を何百人も相手にしようが負けない無敵の傭兵ローランドが、この私の胸で泣き、それを恥ずかしがって、ごまそうとしていたのだ。
自然と頬がほころんだ。
「なにを笑っているのかね?」
「いいえ、なんでもありません。
それで、これからどうするのです?」
「森を通って追手を巻き、連合帝国の影響力が弱い地方へ向かう。
きみが身を潜めることのできる土地があるはずだ」
「特に目的地は無いんですか?」
「無い。
ル・ウース教会からは、きみを安全なところに届けろとだけ依頼されている」
ちなみに報酬は全額前払いで貰っているとのこと。
滅亡しかけの教会からでは、仕事がうまくいっても後金を取れるとは思えなかったからだとか。
「まあ……。
特に目的地が無いということは、つまり、どこに行ってもいいということなのですか?」
「そうなるな」
9つのときから10年間、大聖堂から一歩も出してもらえなかった私が、どこに行ってもいいだなんて!
「でしたら、東にあるシウァという町に行きたいです」
「なにか縁のある地なのかね?」
「はい。私の生まれた町です」
なにも無い町だけど、ずっと帰りたかった私の故郷だ。
「いいだろう。――それと、私からきみに提案がある。
お願いと言ってもいい」
「なんでしょう?」
「これまでは、きみを『聖女さま』と呼んでいたが――
今後は名前で呼んでも構わないかね?」
「まあ……!
ええ、構いませんが、どうして急に?」
「きみが『聖女さま』と呼ばれたがっていないように思えたからだ。
図々しいお願いだったかね?」
ううん、とんでもない。
とてもうれしいことだった。
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本当は――
この私、エウァンシェリルには、まだ隠していることがある。
教会の人たちにはもちろん、ローランドにも秘密にしていた。
特にローランドには、まるで自分の“秘蹟”が、ちょっとした怪我を治したり、敵をひとりかふたり倒すことしかできないように語ったが――、
(本当は、私はもっと強い……)




