【7】
ローランドは脇腹に矢傷を負っていた。
「なんて、ひどい怪我……!」
「いいや。言っておくが、この程度はかすり傷だ。
ゴリラの生命力の前では蚊に刺されたようなものだ」
「いいから、じっとしていてください!」
私はローランドの背中から降りると、彼の脇腹に手のひらを当て――
「|聖女{ウー}とそれを遣わし神ル・ウースの名において。
――傷よ、癒えよ」
彼の傷を治した。
魔法で、傷を治療したのだ。
ほんの2、30秒ほどで、完全に傷口はふさがった。
「傷が……?
聖女さま、今のは何をしたのかね?」
「“秘蹟”です」
「一部の高位聖職者のみが使えるという神聖魔法か。
噂には聞いていたが、初めて見た」
「……教会でも使える者はわずかのみです。
私は、これでも聖女ですし――子供のころから、いっぱい修行しましたので」
もしかすると――
彼を治療したのは、私の自己満足であったのかもしれない。
ローランドが自分で言っていたように、ゴリラの巨体にとって矢傷はそこまでの怪我ではない可能性もある。
それでも治さずにはいられなかったのは、このゴリラに――
私が“秘蹟”を使えることを知っておいてほしかったからではないだろうか?
半ば無意識で、彼を|だし{・・}にして、罪を告白したかったのでは……?
「助かったよ、聖女さま。
痛みも消えた」
「お役に立ててなによりです。
ときに、ローランド……」
私は我慢できずに、訊いてしまった。
どんな答えを求めているのか、自分でもわからずに。
「――ローランドは、私が罪深いと思いますか?」
「……? なぜだね?」
◆ ◆ ◆
気がつけば、もう夜だ。
森の中では月や星が木で隠れ、ただの夜より暗く深い。
気温も低い。
だが、火はおこせない。
敵の斥候に見つかってしまう。
かといって、この暗さでは移動もできない。
私とローランドは真っ暗な森にふたりきり、倒木に腰掛けてただひたすらに夜明けを待っていた。
肩が震えたが、これは寒さのためだけではない。
「きみさえよければ、もっと近くに寄りたまえ。
幸い、私には毛皮がある」
「ええ、そうします……」
今日出会ったばかりの男性に、これほど心を許せるのは、やはりゴリラであったからなのだろう。
人間でない分、気安く接することができた。
(それとも、ローランドが優しくていいひとだから?)
裏切り者の老修道女マーヤ・ヤーマは、彼を『ちょっと素敵な男性』と評していたが、今ならその意味がよくわかる。
「それで聖女さま――きみはなぜ自分が罪深いと思うのかね?」
「あなたの傷を癒した“秘蹟”です……」
「というと?」
「私は修行をした身ですので、いくつかの“秘蹟”が使えます。
他人の傷を癒したり、逆に敵を|祟{たた}ったり……。
なのに――私はこうして、あなたと大聖堂を脱出しました」
「それの何が罪というのかね」
「だって、戦う力があるのですよ!?
怪我した味方を治し、敵を攻撃することができます。
現に“秘蹟”を使える他の高僧は、戦場でがんばっているのです。
――それなのに、私は逃げるだけ……。
聖女なのに逃げたのです」
形式上とはいえ神聖ル・ウース教会の教祖たる聖女が、だ。
たしかに、私はおかざりの聖女でしかなかったけれど……。
「だが、きみが逃げたのは教会の決定だ。気に病むことはない」
「いえ……。もし教会がどう決めていようと、私は戦ってなかったはずです。
それも、怖かったからじゃありません。
――教会のために戦うのが嫌だったからです!!」
私は、神聖ル・ウース教会を嫌っていた。
あんなクソ悪徳宗教、この機会に滅んでしまえばいいと思っていた。
だから、力を貸さなかったのだ。
でも、それはつまり、私を信じていた人たちを裏切るという意味でもあった。
教会が悪い宗教で嫌なやつばかりだろうと、私の罪は変わらない。
――それに、隠しているけど、本当は私は……。
「どう思います、ローランド?」
「そうだな……」
私の質問に、ローランドはしばし沈黙したのち、こう続ける――。
「そうだな、まずはあるゴリラの話をしよう。
昔の話だ。
きみの参考になるかもしれん」
さきほど黙り込んでいたのは、答えを悩んでいたんじゃあるまい。
彼は、おそらく――自分の過去を語るべきかを迷っていたのだ。
「森の賢者たるゴリラとして生まれながら、愚かな罪を犯した男の話だ」




