【5】
ローランドは頼もしいけれど、相手は何百人もの兵士たち。
さすがに多勢に無勢だろう。
こうなると――
(私も……手伝った方がいいのかしら。
『あのちから』で……)
今まで隠してきた、あの|秘密のちから{・・・・・・}で……。
「聖女さま、もう目は閉じたかね?」
不意に、ローランドからイケボで問われた。
「えっ……? は、はい。閉じてます」
「では始めよう。
なに、遊園地のジェットコースターと同じく絶対安全なスリルだ。
楽しもう」
なんという余裕!
悩んだ私が莫迦のようだ。
「戦いつつ、森の奥へと走って逃げるぞ。
少々揺れる。気をつけたまえ」
「は……はいっ!」
◆ ◆ ◆
前に『ローランドの背中はゆりかごより揺れない』と述べたはずだが、さすがにそれは立ち止まっているときのこと。
今は違う。
走って、跳ねて、戦っているのだ。
さすがに揺れないはずがない。
現状は、たとえるならば――
『ゆりかご程度には揺れている』という状態だった。
(こんなときなのに、心地いい……。
お母さんに抱かれてるみたい……)
母など、もう遠き過去の思い出だ。
9つのとき、家族も故郷も捨てさせられ、ずっと中央大聖堂で暮らしてきた。
マーヤ・ヤーマをはじめとする教会の人たちに囲まれ、ただひたすら聖女として生きていた。
厳しい修行にも耐えてきた。
それが、もとの暮らしより幸せだからと何度も繰り返し聞かされてきた。
――でも、もう全部ない。
大聖堂は陥落し、御世話係のマーヤ・ヤーマは裏切った。
神聖ラ・ウース教会も、偉い人たちは脱出できたかもしれないけど、それでも今まで通りに教会を維持していくのは難しいだろう。
少なくとも、私はもう教会を信じられない。
もとから信じてなかったけど、前以上にだ。
もう教会は私の居場所じゃない。
だから、私には何もない。
(このゴリラの背中だけが、私に残された居場所なのかも……。
ううん、彼だって教会に雇われてるだけなのだけど――)
それを思うと、自然と涙があふれてきた。
「――何か、つらいことでも?」
目をつぶった暗闇の外から、ローランドの声がした。
いけない。彼の背中を濡らしてしまった。
「いえ……。
ごめんなさい、お背中の毛を」
「いや、かまわんさ。
脇腹ほどは濡れていない」
「脇腹?」
意味のわからない言葉に、思わず私がまぶたを開くと――
私たちがいたのは、おそらく森のうんと奥。
あたりに敵の兵士は見当たらなかった。
「敵がいない……。私たち、逃げ切ったのですね!」
「ああ、そうだ。
だが敵兵はひとりも殺していない。
多少痛めつけたがね。
――知っての通り、ゴリラは平和的な種だ。命は奪わん」
「なんという強さなのでしょう。
あなたには驚かされます」
「ゴリラならこのくらい誰でもできる。
私など、たいしたものじゃないさ。
平和的な種だから、他のゴリラは隠しているのだ」
本当なのか謙遜なのかわからない話だった。
――とはいえ、あの人数を相手に無傷とはいかなかったらしい。
毛が黒いので気づかなかったが、よく見ると……。
「たいへん! ローランド、あなた怪我をしています!」
さっき彼が自分で言っていた通りだ。
脇腹が湿っていた。
矢が突き刺さり、血が流れ出ていたのだ。
「ああ、人間にも腕利きが混じっていてな。
たいした傷じゃないが、あまり見ないでくれたまえ。
ご婦人に見られては恥ずかしい」
「軽口をたたいている場合ですか!!」




