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聖女と世界一かっこいいゴリラ  作者: 毒アリクイ先生
4/17

【4】

「――いたぞぉおおおおっ!! 聖{ウー}エウァンシェリルだぁああああっ!!

 隠し通路から出てきたぞおおおおっ!!」


 私たちの目の前には、何十人もの敵兵たち。


 こっちはふたり――ひとりとゴリラ1頭だから、圧倒的な人数差だ。


 でも、これで終わりじゃない。

 今はまだ『何十人』程度だが、すぐにもっと大勢集まり、何百、何千という数になっていくだろう。


 今もそこらじゅうから兵たちの足音が近づいてきていた。


「ときに聖女さま」


 イケボゴリラがあらたまってイケボで私に訊ねる。


「今さら、こんなときになんだが――

 なぜ、きみは脱出しようというのに、そのような服装なのだね?」


 たしか『今さらこんなときになんだ』ではあるんだけど、言いたいことはわかる。


 わたしは今、純白の絹のドレスに、教会の紋章を赤く染め上げたケープ、ルビーの粒で飾られた金の冠と首飾りという、聖女の式典用の姿だった。


 とても目立つ。

 普通に考えて、逃亡のときに着るものじゃない。


 ドレスなんて、土むき出しの隠し通路を通ってきたというのに、服にかけられた魔法のせいで泥汚れひとつ無く、まぶしいほどに真っ白だった。


「これは――ゆうべ、聖なる|戦{いくさ}だから式典用のドレスを着ろと、御世話係のマーヤ・ヤーマが……。

 それで、急に脱出することに決まったので、着替える暇が全然なくって……」


 つまり、このドレスもあのマーヤ・ヤーマの策略だった!


 昨日の夜から私をおとりにして逃げる準備をしていやがったのだ。

 念入りなことだ。


 ちょうど遠くから風に乗って、私をあざ笑うように、


「――聖女は隠し通路で南の森に逃げました!!

 南に兵を向けなさい!!」


 という、あの裏切り者の声が聞こえてきた。


 気がつけば、あたり一面、敵の兵士だらけ。


 見えるだけで何百という数に囲まれている。

 後ろの方には、さらに千や二千といった大軍が控えているのだろう。


 同時に、大聖堂の包囲には隙ができていたに違いない。


 すべてはあの老修道女の計略通りに進んでいたのだ。


「もうっ! マーヤ・ヤーマめ、なんというくそばばあなんでしょう!」


「感心できないな、聖女さま。

 美しいご婦人を、くそばばあなどと呼ぶのはどうなのか」


「はあ? ローランドさんは裏切られて悔しくないんですか?

 私たち、ここで捕まっちゃうんですよ?

 そうでないなら殺されるかもしれないんですから!」


 それに、悪口を抜きにしてもマーヤ・ヤーマはお婆さんだ。

 一般的に『美しいご婦人』の範疇には入るまい。


 ただ、ゴリラにとっては美人の基準が違うのか――、


「はは。裏切られて悔しいか、か?

 少しも悔しくないとも。

 裏切りは美女のためのアクセサリーだ。

 あの|女性{ひと}には似合う」


 と、こんなときなのに、妙にかっこうつけた台詞を口にした。


 かっこつけイケボキザゴリラだ。


「それと、涙は乙女のためのアクセサリーだ。

 きみには似合う。泣いていい」


「泣きません。乙女ですが子供ではありませんので」


「そうか。だったら私の背中におぶさるといい」


「……? なにが『だったら』なのです?」


「泣いていたら背中が濡れて気持ち悪い」


 なるほど。


 ――そして彼は、背負っていた剣を鞘ごと外し、私が乗りやすいよう身をかがめる。


「しっかり掴まっていたまえ。

 ゴリラの背中は、世界で一番安全な場所だ」


 あまり聞いたことのない話だったが、私は言われるままにローランドの大きな背中におぶさった。


 ぎゅうっと力いっぱい抱きつくと、ごわごわかと思っていた背中の毛は意外にもふかふかだ。

 干したての毛布の匂いがする。


「危険は無い。言ったはず。

 森の中で|私{ゴリラ}にかなう人間などいないのだからな」



 ローランドは、剣を抜く。


 幅広で分厚く、長さも幼児の背丈ほどある鉄の塊のような両刃剣。

 巨漢のゴリラが手にしてすら巨大すぎる。


 振るうと、ごうっ、と大気が震えた。


 力強い動きをしたはずなのに、体幹はほとんど揺れない。

 背中の揺れはゆりかごよりもおだやかだ。

 敵兵たちの顔からは恐怖で血の気が引いていく。



「聖女さま、しばらく目をつぶっているといい。

 ご婦人には見せられない残酷描写があるかもしれん」



 ――目をつぶると、ゴリラの背中はさらに広く頼もしく感じられた。



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