95.エルクールの町
「今夜は星がきれいだな」
「そうだね、マサトと見る星だからだよ、きっと」
上空には、満天の星空が広がっている。
そして、そのはるか下の地上には、手をつないで歩いている男女がいた。政人とルーチェである。
そんな二人を、やや冷ややかに眺めながら、ついていくイヌビトが二人。
「タロウ、あれは何であるか」
「さあ……恋人同士になったらしいんだけど、よくわからない」
ルーチェと恋人同士になったその夜、政人はタロウとハナコも連れて、日課の散歩をしていた。
しかし、ペットを放っておいて、二人の世界に入っていた。
「この季節の夜は冷えるな。ルーチェ、もっと近くにこいよ」
「はい」
ルーチェは肩をくっつけ、政人にしなだれかかった。
放っておかれているハナコは面白くない。
「あれが噂のバカップルであるか」
「いや、それは言い過ぎなんじゃないかなあ」
「それにしてもおかしいのである。特にルーチェさんは別人なのである。きっと御主人様に洗脳されているのであろう」
(ハナコの奴、勝手なことを言いやがって)
とはいえ、ルーチェの豹変ぶりは政人にとっても驚きだった。
恋愛に対して免疫がなかったのだろう。
幼いころから槍ばかり振っていて、女の子同士で恋バナをするようなこともなかったから、男と恋仲になるというのが、どういうものかわかっていないのだ。
(これは、俺がしっかりしないといけないな)
そう自分に言い聞かせるのだが、どうしても頬がニヤつくのは抑えられなかった。
―――
政人たちは再び、公都アザレアへの旅を続けている。
すでに山地を越え、道は緩やかな下り坂になっている。
公都周辺は盆地になっているらしいが、ようやくそこへ足を踏み入れたようだ。
政人は相変わらず、クオンを前に乗せて馬に乗っている。
政人とルーチェが恋人同士になったと聞いて、クオンは「ずっと、そうなったらいいなと思ってた」と言って、我が事のように喜んでくれた。
ロッジは初めから二人が恋人だと思っていたようだ。正式に付き合うことになったと報告すると、もちろん祝福してくれた。
だが、あまり喜ばない者もいた。
『あの二人、爆発しないかな?』
政人とルーチェが馬を並べて、仲良く談笑しながら進んでいくのを後ろから見て、ミーナはタロウにメモ帳に書いた文字を見せている。
「いや、爆発はしないんじゃないかな」
「タロウ、真面目に答えなくていいぞ」
政人が振り返って注意した。ミーナがなんと書いたか、政人にはだいたい見当がついていた。
政人だって、目の前にいちゃつく男女がいれば、いい気分はしない。
(嫉妬心はどこの世界でも変わらんな)
だが、ルーチェには嫉妬の感情はわからないようだ、政人につられて後ろを振り返ったルーチェは、ミーナに言った。
「ミーナもアタシたちを祝福してくれるの? ありがとうね」
あまりにも邪気のない爽やかな笑顔で言うものだから、ミーナも毒気を抜かれて、『うん、おめでとう』と書いて見せるしかなかった。
そうこうしているうちに、遠くに町が見えてきた。
「あれはエルクールの町です。公都までの道程では最後の町です。寄っていきましょう」
ロッジの先導で、町に向かった。人口は五千人はいるらしい。
エルクールの町の人々は、どことなく表情が暗かった。やはり生活が苦しいのだろう。
政人とロッジはフードで顔を隠している。
ここには王家から派遣された代官が駐在しているのだ。
公都から近いので、ロッジの顔を知っている住民もいるかもしれない。
「ロッジ、どこに宿を取ろうか」
政人はできるだけ目立たないように、分散して宿を取って、早めに休もうと思っていたが、ロッジはそれには及ばないと言った。
「この町には私の知り合いがいます。その人に頼んで泊めてもらいましょう」
政人は不安になった。ロッジがここにいることがバレてはまずいのだ。
「その人は信用できるのか? 役人に通報されることはないか?」
「大丈夫です。彼は絶対に信用できる人ですので」
それでも政人は不安だった。
ロッジはどこかお人よしなところがあって、人を信じやすい。
それに、立場が変われば扱いも変わるものだ。
ロッジが公子であったころは親切だった人でも、ジスタス家が取り潰され、ロッジが領外追放の身分になった今では、どうだろうか。
「マサト殿が不安に思う気持ちはわかります」
ロッジが、政人の気持ちを読んだように言った。
「でも我々はもう、公都の目と鼻の先まで来ています。
領内の、そして公都の実情について情報収集をする必要があります。
それは宿に引きこもっていてはできません。
私の知り合いの人物は、職業柄、情報に通じている人なので、良い話が聞けると思います。
もちろん、マサト殿やクオン様の身分は明かしません」
そこまで言われては仕方がないので、ロッジに従うことにした。
ロッジは迷わずに歩いて行く。
やがて着いたところは、石造りのしっかりした建物だ。
壁面は真っ白に塗られ、屋根には円錐状の尖塔が立っている。尖塔の頂点には、鉄製の正五角形のシンボルが取り付けられている。
正五角形はメイブランド教の象徴で、五つの角は、五柱の神を表している。
つまりここは、メイブランド教の教会だ。
「なあ、ロッジの知り合いってのはひょっとして、僧侶なのか?」
「はい、プリオン・ファリーゴ神父といって、私が子供の頃からお世話になっている方です」
「神父」は「聖司祭」の敬称で、准司教の下の位階にあたる。
(確かに神父なら、信者から情報が入ってくるだろうが……)
ロッジは教会ではなく、教会に隣接している民家に足を向けた。
おそらく神父が住んでいる家だろう。木造で、かなり年季が入っている建物だ。
ロッジは、迷いなくノッカーを打ち鳴らした。
「はーい」
という声が聞こえ、ドアが開いた。
でっぷりと太った中年の婦人が出てきた。
ロッジがフードを上げて顔を見せると、その女性は驚き、そして屈託のない笑顔を見せた。
「まあ、ロッジ坊ちゃんじゃないですか!」
「久しぶりだな、ムーヤ」
「とにかく中へ入ってください」
中は普通の民家だった。そのまま居間に案内された。家具は少ないが、清潔感が漂っている。
ロッジは、政人たちをムーヤと呼ばれた女性に紹介した。政人やクオンの身分は隠している。
「ムーヤはプリオン神父の身の回りの世話をしているんです。彼女には幼いころから、よく世話になっていました」
「プリオン神父なら、今は教会にいますよ。後で呼んできましょう。さあ、まずはゆっくりしてください。今、お茶を用意しますね」
ムーヤは奥のキッチンへと姿を消した。
「私は礼拝を済ませておきます」
ロッジはそう言って、部屋の奥に設えてある祭壇に向かった。
そして、ひざまずき、聖句を唱えて祈り始めた。「五神への祈り」である。
この「五神への祈り」は一日三回行うのが推奨されているのだが、ロッジはそれほど敬虔な信者ではないのか、一日一回で済ませている。
もっとも他のメンバーは、礼拝など全く行わない。
政人、タロウ、ハナコはメイブランド教の神を信じていないし、クオンも興味がなさそうだ。
ミーナは六神派の信徒であるはずだが、あまり熱心な信者ではない。
ルーチェは、父親である隊長たちと一緒に旅をしていた頃は、きちんと一日三回祈っていたのだが、父親と別れた後は全く行わなくなった。もともと仕方なく行っていたのだろう。
祭壇には、三十センチほどの高さの神の像が五体、安置されている。
中央にヴェールをかぶった長髪の女性――光の女神の像が置かれ、その左右に火、土、風、水の神の像が並んでいる。
祭壇の上部には正五角形が描かれた紙が貼ってあった。
(宗教は難しいな)
政人は大多数の日本人がそうであるように、「とりあえず仏教徒」である。
つまり、葬式や法事の時だけ坊主にお経を上げてもらうが、普段は仏教徒であるという自覚はない。クリスマスを平気で祝ったりもする。
そのため、宗教に対する認識は低い。シャラミアによる六神派信徒の虐殺がなぜ起こったかについても、あまり理解できていない。
これは、シャラミアの個人的資質だけに帰着していい問題ではないだろう。
クオンが王となった後は、宗教問題に取り組む必要がある。二度と悲劇が起こらないように。
(もっとも、俺はこの国を去るので、それに関わることはないが)
クオンや、それを支える者たちが上手くやってくれることを願うしかないのだ。




