89.ソームズ家とジスタス家
政人たちはロッジを連れて、ソームズ家の公都ホークランへとやってきた。
ちなみにセリーは、ヘルン新聞の全国展開を進めるためにヘルンに戻っている。
ロッジは、十メートルを超える城壁と、周りを囲む水堀に驚いていた。
「どうやって攻めればいいのか見当がつきません。まず堀を埋めなければならないでしょうが、近づくと城壁の上から、そして何か所にも建てられている塔から矢の雨が降ってきますね」
ライバルのソームズ家の公都だからか、攻め込む側の視点になっている。
政人はソームズ公と交わした話をロッジに話すことにした。
「ソームズ公は、海側から攻められるのを警戒していた。俺たちがタンメリー女公に会いに行ったのも、タンメリー家の海軍が攻めてこないように交渉するためだったんだ」
「なるほど、海からですか。ジスタス公領には海が無いので、その発想はありませんでした」
ロッジは相変わらず丁寧な言葉遣いで話してくるが、政人に心を開いていないわけではない。元々こういう性格なのだ。
政人たちは城門に向かった。
門番の兵士は、政人の顔を見ると声をかけてきた。
「よくご無事で戻られました、マサト殿。これから閣下に会われますか?」
「ああ、今から報告に行く」
「わかりました。では先にマサト殿が帰って来られたことを閣下に伝えてきましょう」
「頼む」
そして、政人はロッジを紹介した。「この人はジスタス・ロッジ。ジスタス公の息子だ。彼が来ていることも、伝えておいてもらえるか?」
ジスタス家とソームズ家は因縁があるので、いきなり会わせる前に心の準備をさせておいたほうがいいだろう。
先の王都近郊の戦いでは、ソームズ軍がジスタス軍を打ち破った。
その後、王都突入時にジスタス公を討ち取ったのもソームズ軍である。
ロッジも思うところがあるだろう。
「はっ、承知いたしました」
門番はそれ以上何も聞かず、ソームズ公の居城へと馬を走らせた。
ロッジはまた感心していた。
「兵士たちは皆、緊張感を持って警備をしていますね。また、動きがきびきびしています」
「ロッジは、ソームズ公に会ったことはあんのか?」
ルーチェの問いに、ロッジは首を振った。
「実は一度もないのです。父から話はよく聞いていたのですが。不愛想で冷酷な人間だと、父は言っていました。」
(まあ、お互いに嫌ってたらしいからな)
「不愛想なのは確かだが、冷酷って程でもねーぞ」
「あの方は自分にも他人にも厳しいのだと思います」
ルーチェとタロウがソームズ公を弁護している。
「我もまだ話に聞くだけで、会ったことはないのである」
「そういえば、ハナコもソームズ公に合うのは初めてか。……まあ、会ってみればわかるさ。一見怖そうだが、話の分かる人だ」
「ご苦労だったな、マサト、ルーチェ、タロウ。そして――」
ソームズ公は、政人たちの後ろに控えている男をにらみつけた。「おまえがロッジか。ジスタス公には似ておらんな」
ロッジは懸命に感情を抑え込んでいるようだった。
「閣下、先の戦いでは、互いに剣を交えることになりましたが、今は女王を倒すという共通の目的のために協力し合えると思っております」
「協力し合うだと? おまえ一人でなにができる? 素直に助けて欲しいと言ったらどうだ」
政人はソームズ公の言い方に腹を立てた。
これでは確かに不愛想で冷酷な人間だと言われても仕方がない。
(こんな調子だから、二度も妻に逃げられるんだ)
政人が文句を言ってやろうとすると、その前にハナコが口を開いた。
「世間の評判とは当てにならぬものだのう。英雄と呼ばれるソームズ公が、ここまで道理をわきまえぬ男であったとは。聞くと見るとは大違いである」
ソームズ公は不快そうな表情になった。
「誰だ君は。私にここまで無礼な口を利くとは」
「無礼なのはお主であろう。我はフジイ・マサトのペットのハナコである。一介の諸侯ごときが偉そうにするでないわ」
「お、おい、ハナコ」
政人はハナコを止めようとしたが、ハナコは続けた。
「どうやらお主は、笑顔だけでなく、人の心も忘れてしまったようであるな。ロッジ殿がどんな気持ちでここにおるか想像できんのか。彼にとってお主は父親の仇であるぞ。本来ならお主を斬り殺すべきところを我慢しているのは、家臣や民を思ってのことである。まだ若いのにお主より、よっぽど人間ができておるわ」
「むう……」
「よいか、優位な立場にある者は、より謙虚にならねばならぬ。さもないと自分が偉いと勘違いして、周りが見えなくなるのである。シャラミア女王のようにの」
ソームズ公は己の非を悟った。
「ハナコさんと言ったか、君の言う通りだ」
ソームズ公はロッジの前で頭を下げた。「すまなかった。過去の因縁にとらわれ、大事なことを見失っていたようだ。許してほしい」
「あ、いえ、頭を上げてください」
謝られたロッジは、戸惑っている。
「こういう時は、仲直りの口づけをするとよいのである」
ハナコの言葉に、場の空気が凍り付いた。ギョッとしたソームズ公とロッジが見つめ合っている。
「おい、ハナコ」
「言い間違えたのである。仲直りの握手をするのであった」
ソームズ公とロッジは苦笑し、どちらからともなく、がっちりと握手を交わした。
(狙って言ったのだとすれば、ハナコは上手くやったな。後で褒めてやろう)
他人にうながされて握手をしても、内心はわだかまりが残ってしまうものだ。
だが、ハナコが最初に「口づけ」などと、とんでもない発言をしたため、二人は共にショックを受け、その後に「握手」という妥当な言葉を出されると、「まあ、それならいいか」と思ってしまった。
今の二人は自発的に握手をしたような心境になっているだろう。
なんにせよ、これがソームズ家とジスタス家の和解の瞬間であった。
政人はタンメリー女公との会談の結果について、ソームズ公に報告した。
「そうか、タンメリー女公は王家との戦いでは中立を守ることを約束し、また交易も行うと言ってくれたか。よくやってくれた」
ソームズ公は政人たちをねぎらった。
交易については、後で担当者同士で話し合うことになるだろう。
「それで俺がいない間に、王家から俺を引き渡すようにという要求がありましたか?」
「あった。だが、ここにはいないと言って、使者を追い返した。実際その時は君は留守だったから、嘘はついていない」
(そんな言い訳は通用しないと思うがなあ)
「俺が閣下に保護されていることは、いずれバレますよ。いや、もうバレているかも。王家だって、ここに間者を送り込むぐらいのことはしているでしょうから」
「王家はここに攻めてくるのでしょうか?」
ロッジが誰にともなくたずねたが、ハナコはそれに対しては懐疑的だった。
「御主人様を引き渡さないというだけでは、戦争を仕掛ける理由としては弱いのではないかのう」
「いや、あの女王は理由などなくても、自分が正しいと信じれば戦いを仕掛けるだろう」
ソームズ公は険しい顔で言った。「クロアの町に火をつける正当な理由があったか?」
クロアの町の名前が出たことで、一同はシャラミアの異常さを思い出した。
「それに俺はともかく、クオンがここにいるのはシャラミアにとって脅威だ。ソームズ家を放っておくことはできないだろう」
政人も、王家が攻めてくるという意見に賛成した。
「攻めてくるなら、迎え撃てばいい」
ルーチェが以前と同じことを言った。「タンメリー家が敵に回らないなら勝てる。そう言ってなかったか?」
「勝てるとまでは言わなかったぞ」
ソームズ公はルーチェの言葉を否定した。「ホークランの兵力は、せいぜい一万、敵は諸侯の軍も合わせて、五万は動員できるだろう。数で劣る我々が野戦を仕掛けるのは無謀だ。この城に籠城すれば負けはしないだろうが、援軍が来ないのでは勝つことはできない」
籠城戦は基本的には、援軍が来るまでの時間稼ぎである。援軍が来る見込みがない以上、勝ち目はない。
「援軍なら、来るかもしれませんよ」
「どこからだ? タンメリー家は中立を守るとしか言わなかったのだろう?」
「タンメリー家ではなく――」
政人はロッジを見て言った。「ジスタス家からの援軍です」




