86.交易のすすめ
政人が摂政になるべきだ、などとタンメリー女公は本気で考えているのだろうか。
摂政は幼少の王の代わって、国政の全てを担う役職だ。
確かに政人はクオンから絶大な信頼を得ているが、だからといって摂政のような重要な役職が務まるとは思えない。自分がそんな器でないことはよくわかっている。
女公は酷評したが、ソームズ公が政治面でも軍事面でも卓越した力を持っているのは間違いない。彼こそがクオンを助けて王国を立て直すことができる人物だろう。
だから政人は、クオンが王になるのを見届ければ、神聖国メイブランドに帰って英樹のサポートをするつもりなのだ。英樹に出した手紙にも、そう書いた。
とはいえ、それををここで口に出すわけにはいかない。無責任な奴だと思われると、今後の活動に支障が出る。女公も協力してくれないだろう。
だからこの考えは、今は政人の頭の中だけにとどめておく。ルーチェたちには、そのうち告げることになるだろうが。
「なるほど、閣下がマサトを歓待する理由がわかりました」
セリーが納得したように言った。「いずれ摂政になって、この国の政治を担うことになるマサトと、良好な関係を築いておきたかったのですね?」
「クオンが王になり、マサトさんが摂政になると確信しているわけではないですが、その可能性がある以上、今はシャラミアともクオンとも敵対したくはないのです。負ける方に味方してしまうと、タンメリー家が取り潰されるかもしれませんからね」
家を保つことを何よりも優先する、というのは領主として当然の考えであろう。女公は続けて言った。
「政人さん、あなたが私に会いに来たのは、王家とソームズ家との戦いにおいて、タンメリー家は中立を守るようにと要請するためなのでしょう? それならば安心してください。元よりそのつもりですから」
女公には、こちらの考えはお見通しだったようだ。だが、それならば話が早い。
「確かにソームズ公との約束では、私はタンメリー家が中立を守るようにと頼むことになっていました。でも、私の個人的な意見としては、両家にはもっと深い関係を築いてほしいのです」
「同盟を結べ、とでも言いたいのですか?」
女公の口調がきつくなった。
「中立を守る、と言うと聞こえはいいですが、それではどちらが勝っても感謝はされませんよ」
「それでいいのです。私は別に王からご褒美を貰いたいわけではありませんから。今までどおりの身分と領地を認めてもらえれば、それでいいのです。身の丈に合わない力を手に入れてしまうと、かえって身の破滅につながります」
(ジスタス公のように、か)
「それに、ソームズ公は信用できません」
「なぜでしょうか?」
「あの男は正義感が強い、と人から言われているようですが、自分だけの正義を他人にも押し付けてしまうのです。一緒にいると窮屈でしかたがありません。おまけに堅物で融通がきかない。あれの父親もそうでした」
女公のソームズ公に対する不信感は根強いようだ。まだ悪口を言い足りないのか、さらに続けて言った。
「そんなだから、妻に二度も逃げられるんですよ」
(あまり知りたくない情報だったな)
「閣下がソームズ公を嫌っていることはよくわかりました。とはいえ、好悪の感情とは別に、ソームズ家と仲良くすることがタンメリー家にとって利があるならば、同盟にも一考の余地はあるのではないでしょうか」
「どんな利があるというのですか?」
「両家で交易を行ってはどうでしょうか」
「交易ねえ」
女公はあまり気が乗らないようだ「ソームズ家から何か買うものがありますか?」
「ガラス製品、絹織物、毛織物、それから武器や防具ですね。武器については、今は戦争に備えてソームズ家でも必要なので、輸出にまわす余裕はないかもしれませんが」
ソームズ公領は資源が乏しいため、原材料を輸入して加工品を輸出することで経済を成り立たせている。
「それで、こちらからは何を売りますか?」
「例えば、鉄鉱石がありますね」
「なるほど、ソームズ家では需要がありそうですね」
余談だが、レンガルドにおける製鉄とは、小型の炉に鉄鉱石と木炭を入れて加熱し、柔らかくなったものをハンマーで叩いて「錬鉄」を作り出すことである。
溶けてドロドロになった鉄を型に流し入れて成型する「鋳鉄」を作る技術はまだない。
銅などに比べて融点が高い鉄を、液体になるまで高温にすることができないためで、それを可能にするためには、水車を使った強力なふいごが必要だ。
現時点では、水車は製粉にしか使っておらず、ふいごは人力で動かしている。
政人は、もし自分に知識と能力があれば、水車を使ったふいごの、さらにはそれを組み込んだ高炉の設計図を描いて、この世界に広めていたのに、と悔しく思っていた。
もっとも、そんなことは普通の高校生には無理であろうが。
ちなみに鋳鉄は、中国では紀元前五世紀には作られていたが、なぜかヨーロッパでは十四世紀になるまで作られなかった。これは製鉄の歴史における謎の一つである。
ただし、鋳鉄はもろいので、武器に使うには錬鉄の方がよい。
「鉄鉱石のほかにも、生糸や小麦粉、葡萄なども輸出品になり得るでしょう」
「さすがにマサトさんは、随分と詳しいですね」
女公は感心したようだが、まだ渋い顔をしている。
「何か不都合がありますか?」
「ガラス製品はともかく、織物や武器などは私たちも作っています。ソームズ公領産の安くて質の良い商品が入ってきたら、私たちの商品は売れなくなります。そうなると産業は大打撃を受けるでしょうね」
「まあ、それは確かにそうかもしれませんが……」
政人がどう答えようか迷っていると、ルーチェが口を開いた。
「あの、それではタンメリー家ではもっと値段を安くして売ればどうでしょうか」
「それができれば苦労はありません。それでどうやって利益を得るのですか?」
女公はぴしゃりとはねつけた。「タンメリー家では、家族で小規模に作っているところが多いのに対して、ソームズ家では工場で大規模に製造しています。原材料なども一度に大量に仕入れるので、安く買うことができるんです。値段で勝負するのは無理です」
「あ、はい、そうですよね。つまらないことを言いました」
ルーチェはうつむいてしまった。
政人は腹が立った。せっかくルーチェが発言したのだから、もっと優しく対応してくれてもいいだろう。ルーチェは政人のために、勇気を振り絞って発言してくれたのだから。
その時、政人の頭に妙案が浮かんだ。
いや、妙案というほどのものではない。地球では当たり前に行われていたことだ。
だが、地球では当たり前でも、レンガルドではそうではないものがある。政人が今までに提案したことのある「新聞広告」や「生命保険」のようなものだ。
レンガルドでは当たり前ではない、ということに気付くことができれば、それは斬新なアイデアとなる。
「閣下、タンメリー家の商品を安くすることができないならば、ソームズ家の商品を高くすればいいのです」
「ソームズ家の商品を高く? どうすればそんなことができるのですか? 値段はこちらでは決められないでしょう」
政人はニヤリと笑って言った。
「ソームズ家の商品に『関税』をかければいいのです」




