85.タンメリー女公との会食
公都ハイドルンクの庁舎の受付で、タンメリー女公に面会を申し込んだところ、なんと女公との食事の席に招待された。来客用の食堂で、女公が御馳走してくれるという。
前回のように、謁見室での面会を予想していた政人には意外な事だった。
「やはりセリーの名前があると、待遇が違うな」
政人が言うと、セリーは首を傾げた。
「いや、私は女公と食事の席を共にしたことは一度もないぞ。これは異例のことだ」
「そうなのか? どういうことだろうな」
夕食の時間になって、食堂に案内された。
落ち着いた雰囲気の部屋で、高級感は漂っているものの、派手さはない。
部屋の真ん中に長方形のテーブルがあり、六人分の席が用意されていた。
長方形の短い方の辺に一人、その対面に一人が座り、長い方の辺には二人ずつが向かい合って座るようだ。
女公はすでに席についていた。
「よく来たわね、さあ席につきなさい」
メイドに案内されるまま、政人は女公の対面に座った。
一般人である政人たちが女公と同じテーブルで食事をするのは、確かに異例なことだろう。
他の四人も席に着いたところで女公が、挨拶をした。
「大変でしたね、マサトさん。無事でよかったわ」
女公はまず、そう言って政人をねぎらった。
ある程度、事情は知っているのだろう。以前に会った時よりも、態度がやわらかく感じる。
「ハナコさんも、相変わらず可愛らしいわ。セリーはずいぶんと景気がよさそうですね」
それから女公はルーチェとタロウにも声をかけた。「そちらは初めてね、ルーチェさんとタロウさん、私がタンメリー・カーレンです」
「は、はい。本日はお招きにあげまして、まことに光栄に奉り存じあげられたく……」
ソームズ公に対してはタメ口だったルーチェが、女公に対しては恐縮しているようだ。慣れない敬語を使おうとして自爆している。
女公は、ごく自然に人を屈服させる雰囲気を持っている。ソームズ公の突き刺すような迫力とは、また別種のものだ。
「どうぞ、楽にしなさい」
女公はクスっと笑みを浮かべて言った。
「それにしてもマサトさんには驚きました。まさか女王の髪をつかんで玉座から引きずり下ろし、顔面に膝蹴りを食らわせるとは」
「いえ、そうではなく……」
政人は玉座の間であったことを説明した。
「そうでしたか。王都に潜入させていた間者からの情報だったのですが、誇張したネタをつかまされてきたようですね」
女公が言った。「もっとも、女王にビンタぐらいはしてもよかったと思いますよ」
女公もシャラミアの所業に対しては、思うところがあるようだ。
「閣下はなぜ私たちをここまで歓待してくださるのですか? おそらくマサトに対してのものだと思いますが」
セリーが気になっていたことを聞いた。
「女王に対しても臆するところがないマサトさんに、敬意を表しての事ですよ」
「なるほど、そうでしたか」
(それだけじゃないな)
きっと後で何かを要求してくるだろう、と政人は思った。
テーブルに飲み物が運ばれてきた。薄黄色の液体に、泡が立ち上っている。食前酒のようだ
「スパークリング・ワインです。ハナコさんとタロウさんには、りんごジュースを用意しました。まずは乾杯としましょう」
女公の音頭で乾杯をした。「ガロリオン王国の未来に乾杯!」
「乾杯!」
全員が唱和した。
ワインは口当たりがよく、政人にも飲みやすかった。
それから料理が運ばれてきた。
コース料理のように、一皿ずつ出てくるようだ。
しばらくは雑談をしながら、食事を楽しんだ。
「冒険者ギルドの死亡保険と医療保険ですが、なかなか冒険者たちの評判がよいですよ。まあ、彼らの負担金額は変わっていないので当然ですが」
女公が、以前に政人とハナコが提案した件について説明してくれた。
「それはよかったです。初めてのことなので、受け入れてもらえるか不安でしたから」
「その代わり、ギルドから上がるタンメリー家の収入はかなり減りましたけどね」
女公の口調に嫌味は感じなかったので、思い切って言ってみることにした。
「それでは、ギルドは冒険者たちの自治に任せた方が、タンメリー家の負担も減って、いいかもしれませんね」
「そうですね……ハナコさんはどう思いますか?」
「よいと思いますが、組織の運営を行う事務担当者は、タンメリー家から人を出すべきだと思いまする。戦うしか能のない冒険者には無理でありますゆえ。それと、今のギルド長は無能なので、やめさせた方がよいと思うであります」
ハナコは突然の質問にも完璧に答えて見せた。
「さすがハナコさんね、私も同意見だわ」
「ありがたきお言葉でございまする」
(この二人は相性がよさそうだな)
ルーチェとタロウは料理に夢中のようだが、すぐに一皿食べつくして、手持ち無沙汰になっている。
ソームズ公には啖呵を切るルーチェも、女公に対しては話しかける勇気が出ないようだ。
「ところでマサトさんたちは今、ソームズ公のところで厄介になっているのですよね」
(そうら、きたぞ)
「はい、ソームズ公は女王の不興を買うことを承知の上で、私を保護してくれました」
「ソームズ公領に逃げ込んだのは正解でしたね。他の諸侯であれば、捕えて女王に引き渡していたでしょう」
女公の言葉に対して、セリーがきわどい質問をした。
「もしマサトがソームズ公ではなく、閣下に保護を求めてここに来ていたとしたら、女王に引き渡していましたか?」
「どうでしょうね。シャラミアに従うのは腹立たしいけれど、引き渡していたかもしれないわね。マサトさん一人のために、領民を危険にさらすわけにはいきませんから」
「もっともなことです。でも閣下は、今ここにいるマサトを捕えずに、こうして歓待していますね。それはなぜでしょうか?」
「ソームズ家がどうやら、王家と戦う覚悟を決めたようですからね。どちらが勝つかわからない以上、どちらかに肩入れしないほうがいいでしょう」
「ソームズ家は勝てるでしょうか」
「ソームズ家だけでは難しいですね。でも、彼らにはクオンがついているので、国民の支持を得られるかもしれません。シャラミアに幻滅する者が増えれば、それと反比例するように、クオンの復位を待望する声が高まるでしょう」
「なるほど、ソームズ家が勝った場合、クオンが再び王位につくことになりますからね」
セリーは感心したように言った。「こうなってみると、クオンの身柄を押さえているのは、ソームズ家にとって有利ですね」
「そのとおりです。クオンがいるおかげで、女王と敵対してもソームズ公は単なる反逆者ではありません。自らも、正統な王の資格を持つ者を掌中に収めているのですから」
女公は政人に言った。「マサトさん、あなたはこうなることを見越して、クオンをソームズ家に預けるように提案したの?」
「もちろんそんなことはありません。こんな事態になると予想できるはずがありません。私はクオンに庶民として、これからの人生を生きて欲しかったのです」
そして政人は、女公に気になっていることをたずねた。「でもクオンは、一度失敗しているのに国民の支持を得られるでしょうか?」
「もちろんです。クオンは子供ですから、失敗したのは周りの大人が悪かったからだと、誰もが分かっています。もしクオンが国民の前に姿を見せれば、人気が出ると思いますよ。彼はとても可愛らしいから」
「クオンが王であったころは、全く部屋から出てきませんでしたからね。彼は恥ずかしがり屋なので、人前には出たがらないのです」
「今はどうかしら。あの子も外の世界を見て変わったのでは? あのぐらいの歳の子は、あっという間に成長しますからね。大衆の前で、笑顔で手を振って見せるぐらいのことは、できるのではないですか?」
「さあ、どうでしょうか」
政人はとぼけた。
女公はそんな政人をじっと観察している。
「クオンがまた王になったとき、優秀な者が補佐をすれば、きっと名君としてガロリオン王国を強国へと変えるでしょう。――マサトさんが摂政として実権を握ればです」
「私ですか?」
政人は驚いた。「いや、それはないでしょう。それはソームズ公の役どころです」
「ソームズ公に摂政などをやらせると、国が滅びます。あの男は理想を追うだけで現実が見えていない。独善的で敵を作りやすい人間なのです」
女公は辛辣に批評した。「今この国に必要なのは、バランス感覚に優れた者です。果断でありながら立ち止まって考えることができる者、厳格でありながら寛大である者、現実的でありながら人々に夢を見させることができる者――あなたです、マサトさん」
(いやいやいや)
「過分なる評価です。私はそのような優れた人間ではありません」
「そうかしら? それに、クオンが絶大な信頼を置いているのは、ソームズ公ではなくマサトさんです。そうでしょう?」
政人とクオンの関係性をつかんでいる。どうやらホークランには、優秀な間者を送り込んでいるようだ。
「だから、あなたが摂政になるべきです。ガロリオン王国を立て直すために」




