82.決別
『前回の手紙では、女王を闇の勇者にして魔王討伐の協力をさせるなどと、大きなことを書いたが、失敗した。本当にすまない』
政人は英樹に対して手紙を書いている。旅の目的を果たせなかったことを告げるのはつらいが、書かねばならない。
自分がどのように行動し、どのように失敗したかを詳細に書いていく。そして、クロアの町で起こったことについても……。
日本語で書いているので、他人に読まれる気遣いはない。
『失敗に終わった以上は、すぐに君の元に帰るべきなのだろうが、もう一つやらなければならないことがあるんだ』
シャラミア女王を倒し、クオンを王にする決意を書いた。
政人がシャラミアを支援したことで、非道な女王が誕生してしまったのだ。その責任はとらねばならない。
『クオンは俺のことをすごい人だと言ってくれたが、俺に言わせればクオンの方がすごい。
彼がなんて言ったと思う?
”自分は何も知らないということを知っている”と言ったんだ。
すごいだろ? 彼は十一歳にして、すでにソクラテスの境地に達しているんだ。
俺は恥ずかしいよ。自分はこの世界の人間より物を知っていると、思い込んでいたんだから』
今のクオンなら、立派な王となるだろう。
そして、ソームズ公が王の補佐をすれば、ガロリオン王国はきっと立ち直るはずだ。
『クオンが王となれば、この国での俺の役目は終了だ。メイブランドに帰って、君の力になろう。
……まあ、たいして力にはなれないかもしれないが、愚痴ぐらいは聞いてやるよ。たまには日本語を使わないと、忘れてしまうだろ? それじゃあ日本に帰った時に困るからな。
とにかく、くれぐれも無理はしないでくれ。
また会える日を楽しみにしている』
政人は筆を置いた。
(また会える日、か……。いつになるんだろうな)
―――
「マサトがソームズ公領に逃げ込んだというのは確かなの?」
「直接逃げ込むところを見たわけではありませんが、まず間違いないと思います」
ダンリーの報告を聞いたシャラミアは考え込んだ。
政人を放置しておくわけにはいかない。
女王を侮辱し、死刑を宣告された者に逃げられたままでは、示しがつかない。必ず捕えなければならない。
(ソームズ公に引き渡しを要求すれば、当然応じてくれるはず。私よりもマサトを優先するわけがないもの)
「ではソームズ公にマサトを引き渡すよう、命令を出します。いいですね? 宰相殿」
「はあ、陛下の御心のままに」
宰相であるアクティーヌ公の気のない返事に、シャラミアは舌打ちをしそうになった。
シャラミアが王位につくにあたって、最初に兵を挙げたアクティーヌ家の功績は大きい。
そこで、アクティーヌ公を宰相に任命し、ダンリー公子を大将軍に任命した。
だがダンリーはともかく、アクティーヌ公はシャラミアの目から見て、有能とは言い難い。
宰相として、いったい何をしているのかわからない。おそらく何もしていないのだろう。
即位直後にソームズ公に宰相就任を打診していたのだが、「非才の身にて、そのような大任は務まりませぬ」と言われ、断られている。
(なぜソームズ公は私を助けてくれないの? 王国のことを誰よりも考えている人だと、父は言っていたけれど)
「ダンリー、いつでも戦えるように、兵士たちを鍛えておきなさい」
「はっ。どこかと戦う予定がおありですか?」
「ないわ。念のためよ。『治にして乱を忘れず』と言うでしょう?」
そう言うと、シャラミアは玉座から立ち上がって、歩き出した。
ネフがついて来ようとしたが、手を振って下がらせた。彼女とは二人きりで話がしたい。
ちなみに、ネフは親衛隊長としてシャラミアの身辺警護を指揮している。ギラタンは、ダンリーの下で将軍の任に就いた。
シャラミアは、内廷に足を踏み入れた。ここは王城内の、王族が居住する場所である。
その部屋の前に立つと、シャラミアは扉をノックをした。「どうぞ」という声が返ってきたので、中に入る。
「陛下……」
「ティナ、もう頭の怪我は大丈夫なの?」
シャラミアの侍女ティナは、政人を逃がすという罪を犯した。
その折、頭を殴られて気を失っていたところを捕らえられ、そのまま医務室で治療を受けた。
その後は、部屋で謹慎させている。
シャラミアは、幼い頃から姉妹のように一緒に過ごしてきたティナを、どうしても牢に入れる気にはならず、謹慎を命じるだけで済ませていた。
本来なら、死刑になってもおかしくない罪ではあったが。
「はい、もうなんともございません。ですから、私を牢に入れてください。私は罪を犯したのですから」
「なぜ、あんなことをしたの?」
それを聞かねばならない。
部屋には椅子がなかったので、シャラミアはベッドに腰を下ろし、その隣をぽんぽんとたたいた。
「あなたも座って、私の隣に」
ティナはためらっていたが、シャラミアの隣に座った。
「それで、なぜあんなことをしたの?」
「陛下には――」
「以前のように名前で呼んでちょうだい」
「ですが……」
「あなたとだけは、普通に話がしたいの。『女王』ではないシャラミアとして」
これは、シャラミアの偽らざる本当の気持ちだった。
女王となったからには、以前のように弱い姿を人前で見せるわけにはいかない。
でも、ティナの前でだけは、ありのままの姿でいたい。
「わかりました。では――シャラミア様には、これ以上罪を重ねて欲しくなかったのです」
「罪? クロアの町のことを言ってるの?」
「はい、あのときのシャラミア様は、王太后憎さのあまり、正気を失っていたのではないでしょうか。でなければ、あのような恐ろしいことができるわけがありません」
「私は正気だったわ。彼らは異端者だったのよ」
「異端者であれば、殺してもいいとお思いですか?」
「……確かに、子供まで殺したのはやり過ぎだったかもしれないけれど」
「そういう問題ではないのです!」
ティナは、強い口調で諌めた。「異端者であろうと、ガロリオン王国の民です。シャラミア様が慈しむべき民です。それを皆殺しにするなど、女王として――」
「言わないで!」
シャラミアは叫んだ。「それ以上、言わないで。私は、あなただけは失いたくないの」
ティナはシャラミアの表情に罪悪感を見て取った。
少なくとも、虐殺を行ったことに対して平気でいるわけではないとわかり、まだやり直せるのではないかと、かすかな希望を抱いた。
「私は後悔しているのです。私や、そしてネフ様やギラタン様は、シャラミア様が間違いを起こす前に止めることができませんでした。マサト様が近くにいてくださったなら、きっと止めて頂けたでしょう。あの後にシャラミア様を諌めたのは、マサト様だけなのですから」
「あれは諌める、なんて立派なものじゃなかったわ。ただ怒りをぶつけただけよ」
「それでも構わないと思います。私はマサト様に先を越されたのを悔しいと思っているのです。シャラミア様のことを誰よりも知っている私が、最初に怒らなければなりませんでした」
ティナの言葉からは突き刺すような怒りが伝わってきた。
シャラミアは、体をずらしてティナから距離を取った。
「この話はここまでにしましょう。あなたは冷静さを欠いているようね」
「いえ、言わせてください。シャラミア様の今後の治世のためです。次に、いつお会いできるかわかりませんので」
(なんでわかってくれないの? 私はあなたとそんな話はしたくないの。政治の話は、玉座の間で散々聞いて、うんざりしているのに)
「やってしまったことは取り返しがつきません。でも、シャラミア様は、自身の犯した罪に向き合わなければなりません。まず、数少ない生き残った者たちの生活を保障してください」
「わかったわ。ティナの言う通りにする。それでいいかしら」
「それだけでは足りません。彼らにシャラミア様が直接頭を下げ、謝ってください。そして死んでいった者たちのために慰霊碑を建ててください。二度とこのようなことは行わないという戒めのために」
「……それはできないわ。女王は常に正しくあらねばならない。いえ、女王のすることは常に正しいのよ。自ら非を認めてしまえば、女王の権威に傷がつくわ」
「常に正しい人間などいません。間違えることもあります。そのときは、諌めてくれる者の言葉に耳を傾けなければなりません。諌める者が誰もいなくなったら、それこそがシャラミア様にとって、不幸な事です」
(あなたの口からそんな言葉は聞きたくない! あなただけは私の味方でいてほしいのに!)
「私に間違いはないわ。なぜなら、私は女王だから」
それを聞いたティナは泣きそうな顔になった。それからしばらくシャラミアの顔を見つめていたが、やがて諦めたように言った。
「陛下は、女王にふさわしくありません」
シャラミアは立ち上がった。
「私は、あなたを罪に問うことはしません」
シャラミアは毅然とした声でそう言うと、振り返らずに出口まで歩いて行った。「その代わり、二度と顔を見せないで」
そのまま部屋を出て、扉を閉めた。




