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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第四章 ガロリオン王国の動乱

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80.ガロリオンの坂本龍馬

 政人は、隣に立つルーチェに目を向けた。


(俺の心はまだ壊れたままなんだろうか?)


 そうでなければ、なぜこんなにルーチェが可愛く見えるのか、説明がつかない。

 ルーチェといえば、がさつで女らしさのかけらもない奴だったはずだ。


 彼女に優しく抱きしめられたのは、つい先ほどのことだ。

 そして、心に響く言葉をかけられた。


 それだけで、ここまで舞い上がってしまうものなのか。


「ど、どうした? そんなに見つめられると……その、恥ずかしいんだが」

「あ、ああ、すまん」


 慌てて顔をそらした。だがそこで、大変な事実に気付いた。


(ルーチェが恥ずかしがっているだと!?)


 これまで一緒に長い間旅を続けてきたが、ルーチェが恥じらう表情など、ほとんど見たことがない。


 ハナコが仲間に加わるまでは、多数の男たちの中で、女はルーチェ一人だけという状況が続いていた。

 にもかかわらず彼女が恥ずかしがる場面を見たことはなかった。


 だから、彼女には羞恥(しゅうち)心は存在しないと思っていたのだが――そうではなかった。


(恥ずかしがる女の子というのは、なんでこんなに可愛いんだろうか)


 しかもそれがルーチェとなれば、普段とのギャップにより、破壊力が倍増する。


(なんだか、ドキドキしてきたぞ。落ち着け、たしか漫画で読んだことがある。こういう時は完全数を数えて気持ちを落ち着けるんだったかな? えーと、6、28、496、8128、……次は何だっけ?)


「マサト、まだ何か悩んでるのか? アタシでよければ話してくれ。力にはなれないかもしれないが、一緒に悩むことはできると思うから」


 政人の様子を見て勘違いをしたルーチェは、また健気(けなげ)なことを言って、政人の心を揺さぶってきた。


「ルーチェ……」


 今度は目をそらさずに、ルーチェの目をじっと見つめた。ルーチェも政人の目を見つめ返してくる。


 そのまま、互いの顔が近づいていこうか、という時――。


「ああ、その、君たち、私がいるのを忘れていないか?」


 ソームズ公の声に、政人は慌ててルーチェから離れようとした。


 だが、二人は手をつないだままだ。ルーチェが手を放そうとしないため、離れられないのだ。


「私の前で、よくも見せつけてくれるものだ」


 ソームズ公は(あき)れたような声を出した。



 政人がシャラミアを倒す決意を告げたのは、たった今である。


 それを聞いたソームズ公は深くうなずいた。

 だが、うなずいた後、考え込んで何も言わないものだから、つい二人だけの世界に入ってしまったのだ。


(だから、ソームズ公も悪い)


 と、政人は思ったが、口には出さなかった。




 政人たちとソームズ公は、今後の方針を確認しておくことにした。

 検問所内に机と椅子を用意し、政人とルーチェとタロウ、そしてソームズ公が向かい合って座った。


「王家からは、私を引き渡すように閣下に要求してくるでしょうが、どうされますか?」


 政人の問いに対して、ソームズ公はきっぱりと答えた。


「もちろん、引き渡すつもりはない。私もシャラミアには愛想を尽かした」


「引き渡し要求があるでしょうか。御主人様がソームズ家に保護されたことを知らないのでは?」


 タロウが問いかけたので、政人が答える。


「いや、途中までは追って来ていたし、どこに向かったかの見当はついていると思う」


「でも、確証はねーんだよな? だったら、しらばっくれようぜ。マサトはここにはいませんってな」

「それで向こうは諦めるでしょうか?」


「普通に考えれば、それ以上問い詰めることはできないだろうな。シャラミアは女王になったばかりだし、ソームズ家を敵にまわすことはしたくないはずだ」


「だがシャラミアは普通ではない。そうでなければクロアの町を焼き討ちするなど、できるはずがない。女王の権力を疑っていないのだろう。ソームズ家を(つぶ)すいい口実ができたと思うかもしれぬな」


 ソームズ公は険しい顔をさらに険しくして、そう言った。

 女王にとってみれば、封建領主たる諸侯の力を削いで、中央集権化を目指したいと考えるのは当然のことだ。


「だったら戦争だ」


 ルーチェは女らしくなったようにも感じたのだが、荒っぽい性格は変わっていないようだ。「あんた、王都で王家の軍を相手に完勝だったじゃねーか。向こうが攻めてきたら、迎え撃ってやればいい」


「王家だけが相手ならば勝てるが、女王は他の諸侯にも召集をかけるだろう。女王と諸侯が連合軍を組んで攻めてくれば、厳しい」


「敵は公都ホークランに攻めてくるでしょうね」

「だろうな。ホークランは領境の山地を越えて二日も行軍すれば着く。周りは平野だから、大軍が展開するのに支障はないだろう」


「あの都市の守りは、ガロリオン王国で最も堅いと評判ですが」

「まあ、簡単には落ちんだろうな。――ただし、タンメリー家が連合軍に参加しなければだ」


「そいつらはそんなに()えーのか?」

「タンメリー家は海軍が強力なのだ。我らは帆船しか持っていないのに対し、奴らはガレー船を何十隻も持っている。海戦では勝てない」


 ガレー船は、大勢で(かい)を漕いで進む船である。長距離航行はできないが、櫂というモーターが付いているので、自由に動き回ることができる。そのため海戦では強い。


 帆船は風に左右されるので、遠距離の輸送用にはいいが、戦闘には向かない。


「なるほど、タンメリー家は海軍力でもって、湾内を制圧するでしょうね。その後は、海と陸の双方から攻撃されることになる。当然、海からの補給もできなくなる」


「そういうことだ」


 ホークランの強みの一つは、海港を持っていることだ。

 陸側を敵軍に囲まれたとしても、食糧などの物資を他国で購入して、港から運び入れることができる。


 そのため、攻め手側は包囲による兵糧攻めはできない。先に兵糧が尽きるのは、大軍を(よう)する攻め手側だろう。


 だが、港が封鎖されてしまえば、外界とのやり取りができなくなる。


「では、タンメリー女公を説得して、味方に付いてもらいましょう」

「そういや、マサトはあの婆さんとは友達だったよな?」


「何? そうなのか? では君は直接女公と交渉ができるのか?」


 ソームズ公が意外そうに聞いてきた。


「いや、別に友達ではありません。仕事上の付き合いがあっただけです。――とはいえ、私なら確かに交渉はできると思います。女公は利に(さと)い方なので、ソームズ家との同盟にメリットがあると考えれば、受けてもらえるかもしれません」


 政人がそう言うと、ソームズ公の眉間のしわが深くなった。


「女公が我々と同盟を結ぶなど、あり得んな。いや、こちらからもお断りだ。あの婆さんは信用できん」

「なぜですか? 私の印象では、女公は道理をわきまえた方だと思いましたが」


「女公は王国のことなど、どうでもいいと思っているのだ。自分の金儲けのことしか考えておらん。仮にタンメリー家が我々を助けるとすれば、それは何か魂胆(こんたん)があってのことだ。君は知らんだろうが、私や私の父は、あの婆さんには散々、煮え湯を飲まされてきたのだ」


(どうもこの人は、正義感が強いあまり、敵を作りやすいんじゃないだろうか。ジスタス公とも険悪だったしな)


「なあ、この状況じゃそうも言ってられねえだろ。負けたらおしまいだぞ」


 ルーチェの言葉に、ソームズ公は考え込んだ。


「……そうだな。ではせめて中立でいてくれるように、女公を説得してもらえるか? 我々の敵にならなければ、それでいい」


(はあ……、ソームズ家とタンメリー家がこんなに仲が悪かったとはな)


 そこで政人は気が付いた。この状況が日本史の幕末の状況に似ていることに。


 つまり、長州藩と薩摩藩である。


 有力大名である長州藩と薩摩藩はかなり仲が悪かったのだが、坂本龍馬の仲介により、この両藩は同盟を結んだ。薩長同盟は幕府を倒す大きな力となった。


 同様に、ソームズ家とタンメリー家が同盟を結べば、王家を倒せるかもしれない。


(だが、俺なんかが坂本龍馬になれるだろうか?)


 自信はないし、かえって悪い事態を引き起こすかもしれない。だが――。


『アタシが一緒に間違えてやる!』


 ルーチェの言葉を思い出し、政人は腹を決めた。ソームズ家とタンメリー家で同盟を結ばせようと。


「わかりました。女公に会って、中立でいてくれるように頼んでみましょう」

「そうか、よろしく頼む」


「ただし、何の見返りもなく頼むのは難しいと思います」

「それはそうだろうが……金でも払うのか?」


「いえ、あくまでも対等な関係をつくろうと思います。ソームズ家とタンメリー家で交易を行うのです」

「交易だと?」


「はい、ソームズ家は遠い外国とは盛んに交易を行っていますが、すぐ隣のタンメリー家とは全く取引がありません。これは異常なことではないでしょうか?」


「昔は交易を行っていたのだが、我らの方が一方的な赤字になっていたので、父の代でタンメリー家との取引はやめたのだ」


「今なら、そうはなりません。ソームズ家は他国との交易で珍しい品をたくさん仕入れていますし、特産品のガラス製品もあります。それらの品を、タンメリー家は高額で買ってくれるでしょう」


 政人は、まず商取引で関係をつくることが、同盟関係に発展する第一歩になると考えたのだ。


「それで、こちらはタンメリー家から何を買うのだ?」

「例えば、鉄鉱石です」

「なるほど、鉄か」


「はい、タンメリー女公領には巨大な鉱山があり、鉄鉱石を大量に採掘し、安く売っています。

 ソームズ家は鉄鉱石をわざわざ、メイブランドやスランジウムなどの外国から輸入していますが、タンメリー家から買えば、さらに安く買うことができます。

 長距離を船で運んでくる必要もありません。

 これから戦争になる可能性が高いので、鉄製の武器や防具は多く必要でしょう」


「君は我らの実情についてずいぶん詳しいな。バーラから聞いたか?」


 ソームズ公は改めて政人の知識に驚いたようだ。「確かにタンメリー家から鉄鉱石を買えればありがたいが」


「では私から、ソームズ家との交易の話を女公に提案してみましょう。利をちらつかせれば、王家に味方しないようにと頼みやすくなります」


「まあ、そこまで言うなら、やってみるがいい」


「でも、女公が御主人様を捕らえる可能性はないでしょうか?」


 タロウが心配そうに言った。「御主人様を捕えて引き渡すようにという命令が、諸侯たちに出ているかもしれません」


「女公と俺たちは、それなりに信頼関係があるし、あの人が王家の命令に易々と従うとは思えないが……」


 政人はルーチェに聞いた。「ルーチェ、どう思う?」


「行ってみようぜ。もし捕まえられそうになったら、アタシが助けてやるよ」


(それなら大丈夫かな)


 政人はルーチェの言葉を信頼するようになっている。


「そうだな、どのみちハナコと合流するために女公領に行く必要はあったしな」


 政人はソームズ公に向き直った。「わかりました。女公に会って交渉してきます」


「頼む。私は戦の準備をしよう」

「はい、でもそのまえに、我々にはやらねばならないことがあります」

「何かな?」


「クオンと会って、話をしなければなりません」

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