74.心が壊れる音
政人とタロウは、夜も眠らずにクロアの町へと馬を走らせた。
政人はきっと大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
シャラミア自らが出兵したということだが、おそらくもう王太后を発見して、王都へ引き上げただろう。
王太后は処刑され、クオンは悲しむだろうが、それはやむを得ない。
クロアの町はまた平穏を取り戻しているに違いない。それを早く確認して、安心したい。
(大丈夫だ。あのシャラミアが、王太后ひとりを捕えるために民衆を巻き込むはずがない。あれだけ国民のためを思って、日々悩んでいたんだから)
『異端者たちは地獄に落ちるがよい』
だが、政人の脳裏に、かつてのシャラミアの言葉がよみがえった。彼女の考える「国民」に、六神派信徒は含まれているのだろうか。
「御主人様、あれを!」
すっかり夜も明けたころ、クロアの町の方角から、いくつもの煙が上がっているのが見えた。
政人たちはさらに速度を上げた。
政人とタロウは、かつてクロアの町だったものの残骸を前にして、言葉もなく立ち尽くしていた。
既にあらかた火は消えているようだが、まだあちこちで煙が上がっている。
力が抜けそうになる足をなんとか動かして、政人は町に入った。タロウも後に続く。
クロアの町は木造の建物が多かったため、多くの建物が焼け落ちている。あちこちで瓦礫の山が積み上がっていた。
そして、見ないようにしても嫌でも目に入ってくるのが、地面に散乱している死体だ。
鼻を覆いたくなるような、何とも言えない異臭が漂っているのは、恐らく焼けた死体の臭いだろう。
町にはまだ兵士たちが残っており、忙しそうに立ち働いていた。
政人とタロウの姿を見かけ、兵士が声をかけてきた。
「あれ? あなたは確か……陛下のご友人では?」
政人の顔を知っている兵士のようだ。
「ああ……、ここで何があった?」
「はい、昨夜陛下の命令で、町を焼き討ちしたのです」
政人は目の前が真っ暗になった。足から崩れ落ちそうになったが、なんとか踏みとどまる。
「なぜそんなことを……。王太后は見つからなかったのか?」
「王太后は陛下の前に引き立てられましたが、陛下はその王太后の前で、焼き討ちの命令を出されたのです。王太后もその後で首をはねられ、殺されました」
「御主人様、大丈夫ですか?」
タロウが政人の様子を心配して声をかけてくるが、そのタロウの顔も、青ざめている。
(俺のせいだ……。シャラミアが六神派を嫌っているのは知っていたのに……。彼女をこの町に匿い、女王になるのに協力してしまった俺のせいだ……)
「生存者はいますか?」
自失状態の政人に代わって、タロウがたずねた。
「いま探していますが、地下に隠れたりしていたものが、何人か見つかっています」
「その人たちはどうなりますか?」
「避難所に連れて行きます。そこには医者もいますので、怪我を負っている者は治療します」
それを聞いて政人は不審に思った。
「あんたたちは、誰の命令で動いている?」
「もちろん陛下のご命令です。ここの後始末をするようにと言われています。生存者がいた場合は、保護するようにと」
(どういうことだ? 虐殺を命じておいて、生き残りは助けるのか?)
シャラミアの心も揺れているのかもしれない。
政人はふらふらと歩き出した。
「御主人様、危ないですよ! 瓦礫が崩れてくるかもしれません」
慌ててタロウもついてきた。
政人は闇の神殿に向かっている。町の中心にある闇の神殿は、町のどこにいても見ることができた。
元は砦だったというその建物は、焼け崩れることはなく、原形をとどめていた。
「生存者がいたぞー!」
声がした方に、ハッと顔を向けた。
「女の子だ!」
「君、もう大丈夫だよ」
「おい、担架を持ってきてくれ」
兵士たちの声の中心に、ぐったりと横たわる少女が見えた。
(あれは……)
ゆっくりと近づいていく。
少女のピンク色の髪が遠目に見えた。
やがて、その少女の髪についている、大きなオタマジャクシの髪留めが目に入った。見覚えがあるものだ。
政人は走った。
「ミーナ!」
駆け寄ると、その少女は確かにミーナだった。
特に外傷は負っていないように見えるが、その目は焦点が合っていない。
「ミーナ! 俺だ、マサトだ! ミーナ!」
政人の声を聞いたミーナは、声の主を求めるように、視線をさまよわせた。
そして、政人の顔を認めると、激しい勢いでガバッと抱きついてきた。
「…………!」
「よかった……生きて……」
政人は優しく抱き返してやりながら、背中をなでてやった。
「ミーナちゃん、声が……」
タロウが言うので彼女を見ると、何やら口を動かそうとしているのだが、声が出てこないようだ。精神に強いショックを受けたためだろうか。
だが、生きていてくれたことだけでも嬉しい。
「あなたのお知り合いですか?」
「はい、……妹のような存在です。この子は俺に任せてもらえませんか」
「そうですか、では、特に怪我もなさそうですし、お任せします」
政人が立ち上がると、ミーナは離れないようにしがみついてきた。
「大丈夫だ。もうミーナを傷つけようとする奴はいない。俺が一緒にいるから」
政人がそう言うとミーナは理解したようで、黙ってうなずいた。
あの、元気で生意気だったころの面影はない。
政人は、ミーナと手をつないだまま、闇の神殿へと歩きだした。
闇の神殿は石造のため、火災で全てが焼け落ちることはなかったようだ。
だが内部は、血を流した僧侶の死体が散乱している。兵士たちが突入し、剣や槍で殺しまくったのだろう。火で焼かれ、焦げ臭いにおいを放っている死体もあった。
「ウッ……!」
タロウがその惨状に息を呑む。
(俺のせいだ……)
政人は、二階の祈りの間を目指した。ケンブローズ聖司教と初めて会った場所だ。
階段で二階に上がると、そこも惨憺たる光景だった。
ミーナがまた、しがみついてきた。
「見るんじゃない」
政人はミーナの肩を抱き寄せた。
祈りの間の前に来た。
覚悟を決めて扉を開いた。
そこにもやはり、無残な姿で死んでいる僧侶たちがいた。
政人は、一人一人確認していった。
そして探していた人物を見つけた。
決して見つけたくはなかった人物を、見つけた。
ケンブローズ聖司教の死体を前に、政人はがっくりと膝をついた。
「御主人様、しっかりしてください!」
タロウの声は、政人の耳を空しく通り過ぎた。
(俺のせいだ……)
政人は自分の心の中のとても大切な何かが、ポキリと折れる音が聞こえた気がした。




