72.地位は人をつくる
ソームズ公が公都に帰還したと聞き、政人たちはクオンを連れて会いに行った。
バーラは貿易のために、また神聖国メイブランドへ向かったようだ。
(ソームズ公が帰ってきたという事は、即位式は終わったんだな。いよいよシャラミアに、闇の勇者になってもらう時が来たか)
ソームズ公に会うのは、およそ一ヶ月ぶりである。執務室に入ると、ソームズ公は相変わらずのしかめっ面で座っていた。
「クオンは元気にしていたか?」
「はい、今は公都での暮らしにもだいぶ慣れたようです」
政人はクオンに、ソームズ公に挨拶をするよううながした。
クオンはうなずいて、ソームズ公の前に立った。
「閣下、お帰りなさい。僕は閣下のおかげで、元気に暮らしています」
「ほう」
ソームズ公は感心したようだ。「ずいぶん大人びたな、どれ、よく顔を見せてくれ」
ソームズ公は立ち上がって、クオンに近づいた。
クオンは慌てて、政人の後ろに隠れた。
「閣下は顔が怖いので仕方ないと思います」
「君に言われるとはな」
町で庶民に混じって暮らすようになって、クオンは変わった。
見るもの聞くもの全てが珍しいようで、子供らしい好奇心を示して政人にいろいろと質問をしてきた。
政人はそれに一つ一つ丁寧に答えてやった。
町の子供たちと一緒に遊ぶこともあった。
もちろん子供たちはクオンが王だったことなど知らない。すぐにクオンも彼らの中に溶け込んだ。
勉強も教えてやった。
政人は教えていてすぐに気付いたが、クオンはとても賢く、飲み込みが速い。政人の言う事をすぐに理解し、鋭い質問を投げかけてきた。
『白痴王』などと呼ばれていたとは、とても信じられない。
ルーチェやタロウとも、とても仲が良かった。
ルーチェのことは一度間違えて「ママ」と呼んでしまい、赤面していた。ルーチェと王太后は、雰囲気が似ているのかもしれない。
「降神の儀は、成功したのですか?」
政人は気になっていたことを聞いた。
「ああ、無事に火の神の加護を授かったようだ」
(よし、これで闇の神の加護を受ける条件は整ったな)
「シャラミアは女王としてやっていけそうですか? たぶん、重責に押しつぶされそうになっているだろうと思いますが」
「それがな……私も驚いたのだが、既に女王としての威厳を身につけている。私も思わず、ひざまずいてしまったほどだ」
「そうなのですか? 地位は人をつくる、ということかもしれませんね」
それなりの地位につくと、その地位にふさわしい人間に成長することがある。シャラミアは女王となったことで自信と責任感が生まれ、貫禄がついたのだろう。
「地位は人をつくる、か」
ソームズ公は、何か考え込んでいるようだ。「ところで、少しマサトと二人で話がしたいのだが」
「よし、じゃ、アタシたちは遊びに行こうぜ」
ルーチェが気をきかせて、クオンとタロウを連れて出て行った。
二人きりになるとソームズ公は口を開いた。
「王太后のことなのだがな」
「見つかりましたか?」
「ああ、どうやらクロアの町の闇の神殿にいるらしい」
「えっ……? なんでそんなところに?」
「わからん、ひょっとするとどこかに抜け道でもあったのかもしれん」
クロアの町にいると聞いた政人は、いやな予感がした。
「それで、どうなりました?」
「王太后を引き渡すよう、ケンブローズ聖司教に要求しているらしいが、その後のことはわからん」
(いくら王太后が悪人であったとはいえ、あの聖司教が助けを求めてきた者を引き渡すだろうか)
「閣下、私はシャラミアに会いに行こうと思います。その間、クオンをお願いします」
「そうか、わかった。だが、君たちのうち、誰かが残った方がいいな。まだクオンを一人にしないほうがいいと思う」
「そうですね、ではルーチェに残ってもらいます」
その夜、政人がタロウだけを連れて女王に会いに行くと告げると、クオンが不安そうな声を出した。
「マサトと離れたくないよ。僕も連れてって」
「そういうわけにはいかないんだ。大事な仕事があるから」
「じゃあ、いよいよ闇の勇者の誕生か」
ルーチェが聞くと、政人はうなずいた。
「わかった、クオンのことはアタシに任せろ。タロウ、必ずマサトを守れよ」
「はい、任せてください」
(俺の旅の目的もついに達成されようとしている。……だが、なぜこんなにも不安を感じるんだ?)
政人は、一刻も早くシャラミアに会いたかった。
―――
「それでは、確かに闇の神殿に王太后がいるのね?」
「はい、聖司教は認めませんでしたが、何人かの僧侶を脅したところ、白状しました」
ネフの報告を聞いたシャラミアは、聖司教に対する怒りが燃え上がった。
(女王である私をごまかせるとでも思っているの?)
「私が直接、聖司教に会って交渉します」
「はっ、供は何人連れて行きましょうか?」
シャラミアは、その場にいたダンリーに命令する。
「ダンリー、王都の兵を一万人編成しなさい。あなたが直接率いていくように」
「はっ、お任せください」
ダンリーは口元に笑みをうかべて、出て行った。
玉座の間に残ったネフ、ギラタン、ティナの三人は呆然としている。
「陛下、なんで一万も兵が必要なんですか? 俺たちも含めて十人もいれば十分だと思いますがね」
ギラタンが疑問を投げかけた。
「クロアの町には四万人の人口がいるわ。彼らが私たちに襲い掛かってくるかもしれないでしょ?」
「まさかそんなことは……」
「いいえ、彼らは六神派なのよ。それぐらいのことは、やりかねないわ」
「あの、陛下。マサト様が戻られるのを待った方がいいのでは?」
ティナがおずおずと口を挟んできた。
「マサトを?」
「はい、もともとマサト様との約束で、闇の勇者になるために聖司教と会う予定だったではありませんか」
闇の勇者、という言葉を聞いたシャラミアは眉をひそめた。
(なぜこの私が、異端の神である闇の神の加護などを受けなくてはならないの? そんなものなど無くても、私には力がある)
「確かに約束はしました。でも、それはマサトのクーデター計画と引き換えの約束だったはずよ。クーデター計画が白紙になり、私が自力で女王になった以上、その約束は無効じゃないかしら」
「えっ……本気でおっしゃっているのですか? 確かにクーデター計画はなくなりましたが、マサト様たちは陛下のために働いてくださったのですよ。闇の神殿に匿ってくれたのもそうですし、五千万ユールもの大金を用意してくれました。それに援軍としてソームズ公を連れてきてくださいました」
「マサトたちが匿ってくれなくても、クロアの町に宿をとって潜んでいれば、見つかることはなかったでしょう。五千万ユールは確かに助かったけれど、彼はその功績を、クオンを助けることと引き換えにしたのよ。ソームズ公は、どのみち援軍に来るつもりだったと言っていたわ」
「し、しかし、もし陛下が約束を反故にするとお考えであれば、やはりマサトと話をしてはどうでしょうか。こちらの事情を説明すれば彼も理解してくれるかもしれませんし……。彼は一応、仲間だったのですから、筋は通した方がいいかと思いますが」
ネフが諌めた、彼は政人を嫌ってはいたが、その能力は認めているのだ。
「私は女王よ。マサトの理解を得る必要も、筋を通す必要もありません」
その言葉を聞いた三人は察した。
シャラミアは女王となってから、変わってしまったことを。




