67.少年王の処分
「王太后陛下、ジスタス公がソームズ家の軍に討ち取られました」
「そう……」
兵士から父親の戦死の報告を聞いた王太后テラルディアは、亡き夫から教えられた地下道からの脱出を決意した。
地下道へと続く部屋の鍵は本来は王の所有物なのだが、クオン王が幼少のため、母親であるテラルディアが預かっている。
テラルディアは逃げる前に最後に息子に会うため、王の自室へと向かった。
扉の前で警護をしていた騎士に声をかけてから中に入ると、クオンは一人で震えていた。
床には大量の陶器の破片が転がっている。不安のあまり、人形を壊しまくったのだろう。
母親の姿を見たクオンは、泣きながら駆け寄ってきた。
「ママ! 怖いよ、怖いよ」
そんな息子を、テラルディアは強く抱きしめた。
(私はあなたに、母親らしいことは何一つしてやったことはなかったわね。そして今も、あなたを置いて逃げようとしている)
クオンを連れて逃げることも考えた。
だがシャラミアは、どこまでもテラルディアを追い続けるだろう。一緒にいれば危険にさらすことになる。
シャラミアはクオンを害することはないはずだ。
彼女とクオンは仲が良かったし、十一歳の子供を傷つけたりすれば、彼女の女王としての評判は大きく落ちる。そのような愚かなことをするわけがない。
「クオン、よく聞いて」
テラルディアは、息子の目を見て言い聞かせた。
「あなたは王ではなくなるの。そしてシャラミアが代わって女王になるわ。
でも大丈夫、彼女はあなたを大切に扱ってくれるはずよ。あなたはまだ子供なのだから。
そしてあなたは、大きくなっても絶対にシャラミアに逆らっては駄目。彼女に頭を下げて、慈悲を乞いなさい。野心がないことを示すために、卑屈な態度を取り続けなさい」
「ママ……?」
「私はあなたと別れなければならないの。これからはシャラミアを頼って生き続けて」
「いやだ、ママ、行かないで!」
「ごめんね、クオン」
テラルディアは、近くにいた護衛の騎士に声をかけた。
「この子をお願い」
そしてクオンを託すと、その騎士に言った。「あなたは武器を捨てて投降しなさい。けっして抵抗してはだめよ」
テラルディアは息子の泣き声を背中に聞きながら、部屋を出た。
(最低の母親ね)
その自覚はあった。
―――
ソームズ家の騎士から城内を完全に制圧したとの報告を受けたシャラミアは、王城に入った。アクティーヌ公とダンリー、そしてネフとギラタンが一緒にいる。
騎士に案内され、王の私室に向かう。クオンの身柄を確保したとの連絡を受けたためだ。
「王太后はどうしたの?」
「今、城内を捜索しておりますが、まだ見つかっておりません」
「そう」
「きっと、すぐに見つかります。逃げる場所などないのですから」
ネフの言葉に「そうね」とだけ答えて、先を急ぐ。
王の私室に入ると、ソームズ公と兵士たちがおり、部屋の隅でクオンがうずくまって泣いていた。
兵士たちは泣き続ける少年王をどう扱ってよいかわからず、とまどっているようだった。
「ソームズ公、ご苦労様でした。王都を落とせたのは、あなたのおかげです」
まず、ソームズ公に声をかけた。
「ああ、私の仕事はここまでだ。あとは君の仕事だ」
シャラミアはうなずき、クオンに近づいた。赤くて長い髪で、その顔は隠れている。
「クオン、私よ。顔を上げて」
シャラミアの顔を見たクオンは「ひっ」と叫んで、後ずさった。
(私に怯えているの?)
「大丈夫よ。あなたを傷つけるつもりはないわ」
シャラミアは笑顔を見せてそう言った。
「ママは……?」
「えっ」
「ママは……傷つけるの?」
「それは……」
「もちろんそうだよ。シャラミア様を罠にはめた張本人なのだからね。国民の前で、首をはねるよ」
ダンリーが、いつの間にか近くに来ていた。
「ダンリー公子、言葉を選んで! 彼は子供なのよ」
「子供といえど、王です」
ダンリーはクオンを見下ろして言った。「シャラミア様は、こいつをどうされるつもりですか?」
「どうって……譲位してもらうわ。あとで譲位の儀式を行うことになるでしょう」
「その後は?」
「その後?」
「生かしておくわけにはいきませんよ」
ダンリーの言葉を聞いたクオンの表情は、恐怖にひきつった。見ると、失禁しているようだ。
「国民は、こいつが今後も平気な顔で生きていては、納得しませんよ。長年苦しめられた恨みは、血を見なければ消えないんです」
「でも、彼は子供なのよ?」
「子供でも、いつかは大人になります。その時はあなたに復讐しようとしますよ」
クオンは首を横に振っている。言葉を出せないほど怯えているようだ。
そんなクオンの様子を見ると、とても彼が復讐などを考えるとは思えない。
(でも、母親を殺されれば、どうかしら)
シャラミアは判断を仰ごうとソームズ公を見たが、彼は何も言わずシャラミアを見つめ返した。
シャラミアがどんな決断をするか、見極めようとしているようだ。
「クオンにそんな大それたことはできないわ。見てのとおり、彼は弱い子なのよ」
「今は弱くても、この先成長すればどうなるかわかりません。それに本人にその気がなくても、野心を持った人物に担ぎ出されるかもしれませんよ。こいつは存在自体が危険なんです」
(確かにその可能性はあるわ。彼を利用して自分が権力を持とうと考える者がいるかもしれない。ジスタス公のように)
「それは……そうかもしれないわ。でも……」
「ふざけるなっ!」
突然の大声に、部屋にいた一同が振り返った。
政人が、立っていた。




