63.政人の怒り
十メートルの高さの城壁の下に、民兵たちが群がっている。
そして、城壁にいくつもの梯子をかけ、民兵たちは登っていく。
だが、頂上までたどり着けた者はいない。
上から、矢が雨のように降り注いでくるのだ。
アクティーヌ軍の弓兵も後ろから援護射撃をしているが、あまり効果は出ていない。
城壁の下には、死体の山ができあがっていった。
「ダンリー公子、すぐに撤退させて!」
シャラミアはたまらず叫んだ。
「もう少し様子を見てはどうですか?」
ダンリーはニヤニヤ笑いながら言った。「死体の山が城壁の高さまで届くかもしれませんよ」
「くだらん冗談を言う前に、さっさと撤退の鉦を鳴らせ!」
珍しく熱くなったギラタンが、ダンリーの胸倉をつかみ上げた。
ダンリーはその手を振り払った。
「貴様、この僕を誰だと思っている! 騎士風情が、分をわきまえろ!」
「ダンリー公子、すぐに撤退の鉦を鳴らしなさい! 命令よ!」
シャラミアが強い口調で命令すると、ようやくダンリーは、撤退の合図の鉦を鳴らさせた。
(まったく……なんでこんなことになったのかしら)
シャラミアはダンリーに乗せられて、反乱軍のリーダーになってしまったことを後悔している。
とはいえ、あの時の自分には、ほとんど選択の余地がなかった。
熱狂的にシャラミアの名を唱える民兵たちを前にして、「家に帰って普通の生活に戻りなさい」などと言っても、彼らは従わなかっただろう。暴徒と化す恐れもあった。
ダンリーは「既に戦争は始まってしまったんです。我々も腹をくくりましょう」などと言って、全軍の指揮を執っている。民兵たちが彼の命令に従っているのは、シャラミアを信じているからだ。
「アクティーヌ公はどこ? 姿が見えないようだけど」
アクティーヌ公はガンフェランの関を攻め落として、武器と食料を手に入れて帰ってきたが、その後、前線にはあまり出てこない。
「父上には五万の大軍を動かせるような将器はありませんからね。陣地を守ってもらっています」
反乱軍は死傷者が多数出ているのだが、それ以上に民兵が集まってきているため、人数は五万に達しようとしていた。
「あなたに将器があるようにも思えません。無駄に戦死者を増やすだけで、城壁を越えられそうにないではないですか」
「敵は意外に統制が取れてるんですよ。ジスタス公は、噂ほど無能じゃなかったのかな」
「あなたもそれほど有能ではなかったようね」
「ガンフェランの関を落として、武器と兵糧を入手することを発案したのは僕ですよ。それがなければ、今頃どうなっていたか」
「兵糧もまた足りなくなるわ。民兵はさらに増え続けているのよ」
そこへ、伝令の兵士が駆け込んできた。
「申し上げます。フジイ・マサトと名乗る者たちが、シャラミア様との面会を望んでいますが、通しましょうか?」
(マサトが!?)
「すぐにここへ通して」
「はっ」
シャラミアはわずかに光明が見えたような気がした。
―――
政人の目には、シャラミアの姿は以前よりもやつれたように見えた。
「ごめんなさい、マサト。戦争にならないように頑張ってくれていたのに」
「起こってしまったことは、どうしようもない。これからどうするかだ」
「シャラミア様、誰ですかそいつは。ずいぶんと不躾な口の聞き方をしますね」
「ダンリー公子、彼はマサトさんと言って、私を以前から助けてくださっている方です」
そしてシャラミアは、ダンリーと呼ばれる男に政人たちを紹介した。
「マサト、彼はアクティーヌ家の嫡子のダンリーです。私たち反乱軍の、実質的な指揮を執ってくれています」
「なるほど、そいつが民を扇動して戦争を起こし、それにシャラミアを巻き込んだのか」
「マサト、失礼よ」
「マサトと言ったか。シャラミア様が君を認めているようだから、今の無礼な発言は許してあげよう」
ダンリーは余裕を見せて言った。「でも、僕がシャラミア様を巻き込んだってのは違うよ。僕は王家を倒したい、シャラミア様は女王になりたい。互いの利益が一致したから手を組んだだけだよ。それにシャラミア様は拠り所がなく、ずっと逃亡を続けていたんだろ? だったら、ここにいた方がまだ安全だよ」
(なるほど、クロアの町にいたことや、クーデター計画については話していないんだな。シャラミアは、この男を信用してないってことか)
「それで、今どんな状況だ?」
政人たちは、シャラミアとダンリーから戦況を聞いたが、どうも絶望的な状況のようだ。
政人は王都に目を向けた。十メートルの城壁は、さすがに壮観だ。
「俺は戦争についてはもちろん素人だが、あの城を、訓練をしたこともない民兵が落とすのは、無理だということぐらいはわかる」
政人はダンリーに怒りをぶつけた。「あんたは民兵を突撃させれば城壁を越えられるとでも思っていたのか? だとすれば、指揮官失格だな。おかげで無駄な死傷者が出た」
「素人だというなら、黙っていてもらおうか。戦場は遊び場じゃない。犠牲は付き物だ」
「では、素人ではない者の力を借りよう」
政人はシャラミアに向かって言った。「戦争が始まってしまったからには、早く終わらせなければならない。今度こそソームズ公を頼るべきだ。ソームズ家から援軍を出してもらおう」
「ソームズ公だと?」
ダンリーは不満そうだ。「彼は野心家だ。シャラミア様が王になった後、第二のジスタス公になって国政を牛耳ろうとするかもしれないぞ」
それを聞いたクリッタが笑い声をあげた。
「それはおまえだろ」
「なんだと貴様!」
場が険悪な雰囲気になる。
「おやめなさい!」
シャラミアが止めた。「確かにマサトの言う通りです。ソームズ公のことを忘れていたとは、迂闊でした。でも、こんな状況で力を貸してもらえるでしょうか?」
「俺がソームズ公に会って、援軍を頼んでくる。シャラミアは手紙を書いてくれ」
「わかりました。お願いします、マサト」
「ああ、俺が必ず援軍を連れてくる。だから、それまでは城攻めは行わないと約束してくれ」
「おい、貴様にそんなことまで口出しする資格はないぞ!」
「黙れ! 俺はシャラミアに言っている」
「貴様、誰に向かって口を利いている!」
ダンリーが政人につかみかかろうと近づいたが、その前にルーチェとタロウが立ちはだかった。
それを見て、ダンリーの側近も剣を抜こうとしたが、
「やめてっ!」
シャラミアが止めた。
「マサト、わかりました。援軍が来るまで、城攻めは行わないと約束しましょう。でも、あなたも口の利き方に気を付けて。ダンリーはこう見えても公子なんです」
「ああ、すまないな」
政人は、ちっともすまなそうな様子を見せずに謝った。
「タロウ、シャラミアにアレを渡してくれ」
「はい」
タロウはシャラミアの前に大きな箱型のカバンを置いた。開けると、大量の札束が入っている。
あまりの大金を目にした一同は、息を呑んだ。
「五千万ユールある。戦費に充ててくれ」
政人はここに来る途中で、タンメリー女公にもらった五千五百万ユールの小切手を現金化していた。残りの五百万ユールは、自分たちのために取ってある。
「五千万ユール……そのような大金を……よいのですか?」
「王になって、国が豊かになったら返してくれ。期限は問わない。利子も必要ない」
「ありがとうございます。とても、助かります」
政人は黙ってうなずくと、その場を退いた。
政人、ルーチェ、タロウはソームズ公に会いに公都ホークランへ、クリッタは一旦本社に戻ることになった。
「なあ、マサト。あのダンリーとかいう奴にずいぶん突っかかってたな。マサトがあんな風に怒りを露わにするのは珍しいぜ」
ルーチェが言った。
「笑ってたんだ」
「え?」
「自分の出した命令のせいで、民兵を何千人も無駄死にさせたなんて、俺だったらとても耐えられない。だが、あいつはその話をするとき、ずっと笑ってたんだ」
政人は吐き捨てるように言った。
「まるでゲームを楽しんでるようだった」




