53.迷宮都市ヘルン再訪
政人たちは、再び迷宮都市ヘルンにやってきた。
(前に来たときは、町に入った途端、宿屋の客引きの女の子が近づいて来たっけ)
そう思い出して町に入ると、宿屋の客引きよりも遥かに嫌な気分になるものに出会った。
「あの、お兄さん、私を買ってくれませんか?」
まだ中学生ぐらいに見える少女だった。こんな子供が春を売っているのを見ては、無視して通り過ぎることはできない。
「君の親はどこにいる?」
「えっ……なんでそんなこと、聞くんですか」
少女は戸惑っているようだ。
「俺が文句を言ってやる。さあ、案内しろ」
「なんで子供が絡むと、わざわざ面倒ごとに首を突っ込むかな」
ルーチェが呆れたように言った。「まあ、それがマサトの良いところなんだけど」
「あの……親はいません。両親とも冒険者だったんですけど、迷宮で魔物に殺されて……」
少女がそう答えると、政人は少女の手を引っ張って歩き出した。
「わかった、ついてこい」
(くそっ、また冒険者か。子供がいるのに何で死のうとしやがる)
少女はわけのわからないまま、政人に手を引かれて付いて行った。ルーチェたちも後を追う。
「御主人様、どこに行くつもりなんでしょうか」
「わからぬのう」
そんな彼らの声が聞こえているのか、いないのか、政人は構わずに歩いていく。
そしてやってきたのは、冒険者ギルドだった。
中に入ると、冒険者たちが大勢いた。受付カウンターにいる女性に声をかける。
「ギルド長を呼べ」
「あの、どのような御用でしょうか」
「冒険者の安全保障について提案がある」
政人は後ろにいる冒険者たちを指さし、小声で付け加えた。「ギルド長に取り次いでくれなければ、冒険者ギルドは、冒険者から搾取する目的でタンメリー家が設立した組織だということを、この場であいつらにばらすぞ」
その事実は、以前にセリーから聞かされたことだ。
「しょ、少々お待ちください」
受付の女性は奥に引っ込んでいったが、しばらくすると戻って来て、「こちらへどうぞ」と政人たちを応接室に案内してくれた。
ギルド長はひょろっとした貧相な中年男だった。
(このギルド長はタンメリー家の役人だろうな。元冒険者、なんてことはなさそうだ)
挨拶もそこそこに、政人は切り出す。
「この子の両親は冒険者だったが、迷宮で死んだそうだ。そのため生計が立たなくなったんだろう。売春行為を行っていた」
それから政人は少女の境遇について説明した。
少女はなぜ自分がこんな所にいるのかわからない、という顔で政人を見上げている。
「それは……気の毒だが、珍しいことでもない。そういう話を私に持ってこられても困る」
「ギルドならギルドらしい仕事をしろ!」
政人が珍しく大声を上げたので、ルーチェたちも驚いている。
政人は熱くなったことを反省して、声のトーンを落とした。
「冒険者ギルドを運営しているのがタンメリー家だという事は知っている。でも、仮にも『ギルド』と名乗るからには、ギルド員である冒険者の生活を守る努力はするべきだと思うんだ」
「もちろんしている。迷宮で見つけた素材は高く買い取っているし、アルバイトの斡旋もしている」
(なにが高く買い取るだ。安く買い叩くの間違いだろうが)
「ではなぜ、素材をギルド以外で売ることを認めないんだ? その方が高く買い取ってもらえる可能性があるだろ? 冒険者の生活を守るというなら、それを認めるべきだ」
「素材は買い取った後、加工して売る必要がある。それはタンメリー家が一手に引き受けた方が効率がいい。そうなればコストが下がって、加工品を住民に安く提供することが可能になる」
「タンメリー家が独占販売してるんだから値段は好きに決められるだろう? 『安く提供する』なんてよく言えたもんだ」
政人はギルド長が反論する前に続けた。「営利目的でやるなら、それでも構わない。だが、それなら『ギルド』の看板は下ろせ。冒険者たちがギルドに入会費や年会費を払っているのは、ギルドが自分たちの組合だと思っているからだ。これでは冒険者たちを騙しているのも同然だぞ」
「このシステムを考案したのは、タンメリー女公だ。貴様、女公の方針にケチをつけるつもりか?」
(反論できなくなると、権威を笠に着るか)
政人はこのギルド長と話をしても無意味だと判断した。
「では、直接タンメリー女公と話をするとしよう」
「貴様などに女公がわざわざ会うと思うか?」
「会ってみせるさ」
政人たちは冒険者ギルドを後にした。
―――
「なあ、どうやって会うつもりなんだ。諸侯に会うなんて普通は無理だぞ」
ルーチェが疑問を投げかけた。
「前にソームズ公に会ったじゃないか」
「あれは、バーラが紹介してくれたからだろ」
「今回も紹介してもらえばいい。タンメリー女公とつながりがある人間にな」
「誰だ?」
「俺たちがこれから会う人物だよ」
政人は言った。「ヘルン新聞社社長、オーギュロス・セリーだ」
政人はヘルン新聞に、「タンメリー女公の一週間」という記事が載っていたのを覚えていた。女公に密着していないと書けない記事だ。
「君、名前は?」
政人は少女に聞いた。
「えっ、あの、グリエ・モーラです」
「モーラ、俺たちと一緒に来てもらう」
「どうして……」
「もう、あんなことをさせるわけにいかないからだ」
「そうじゃなくて、どうしてそこまでしてくれるんですか? さっき会ったばかりの、私のために」
「会ってしまったからだ」
「答えになっていないような……」
政人は気にせずに歩いて行く。
ヘルン新聞社の玄関ドアは新しくなっていた。以前のように開けるのに苦労する、という事もなかった。
以前は無人だった受付に、女性が座っていた。
「弊社に御用でしょうか?」
「俺はフジイ・マサトという。ヴィンスレイジ王領から帰ってきたと、社長に伝えてもらえるか」
「フジイさんが来たら、ご案内するように言われています。こちらへどうぞ」
編集局は以前来た時よりも、人が多いようだった。
応接室に案内された。テーブルの上に今週のヘルン新聞が置いてあったので見てみると、以前に読んだものより、ページ数がかなり増えていた。
そして、紙面の半分は広告だった。
セリーが入ってきた。
「君に教えてもらった『広告』のおかげで、利益が相当上がったよ。今じゃ売上よりも、広告収入の方が多いんだ」
セリーはにこやかな笑みを浮かべて言った。「人員を増やしたから、ここも手狭になってきた。新しい社屋を建てようかと考えている」
「景気がよさそうで、何よりだ」
「ところで、その女の子は誰だ?」
モーラのことを説明すると、セリーはため息をついた。
「家族がいる冒険者も多いんだ。稼ぎ手が死ぬと、残された家族は路頭に迷う」
セリーは少女を見て言った。「その子は私が孤児院に紹介してやろう。少なくとも、食うことはできる」
「孤児院があるのか」
「ああ、タンメリー女公が最近作ったんだ。二親とも亡くしている場合は、孤児院に入ることができる。ただし入るためには、役所に出向いて申請書を提出する必要がある。その子はそれを知らず、世話をしてくれる大人も周りにいなかったんだろう。役所の方から困っている人を探して声をかける、という事はしていないからな」
「まあ、そうだろうな。残念ながら、公的な援助を受けられるのは、役所に申請した者だけだ。日本でもそうだった」
「ん? 日本ってどこだ?」
政人は自分が異世界人であることを含め、ヴィンスレイジ王領であったことを話した。
「はあ……とんでもないことになっているな。シャラミアを王にするためにクーデターを起こすだって?」
「誰にも言わないでくれよ」
「言えるわけがないさ。ウチのクリッタも関わっているんじゃ、なおさらだ」
「この話を聞いたからには、セリーも関わったことになるな」
セリーは頭を抱えた。
「君って奴は……。まあ、シャラミアが王になることについては私も賛成だがな。今のままではまずいのは分かっている」
「それなら協力してほしい。俺は今、金策に駆けずり回っているんだが……まず、これを吸ってみてくれ」
陶器のパイプに詰めたチャバコ草に火をつけて、セリーに吸わせてみた。
「なるほど……これは売れるな」
「そう思うよな?」
「ああ、よく見つけてきたもんだ」
「チャバコ草の栽培、加工、販売事業に資金を出してくれる人を探してるんだ。銀行からの融資に期待するのは、難しそうだ」
「銀行の財布の紐は堅いからな。三年後なら、ウチで資金を出せたかもしれんが、今はまだ無理だ」
「誰か知らないか? 『先見の明を持つお金持ち』を」
セリーはしばらく考えた後、言った。
「一人、心当たりがある」
「誰だ?」
「タンメリー女公だよ」




