44.濡れ衣
シャラミアはクオン王からの緊急の呼び出しを受けた。
もちろん実際に呼び出したのは、ジスタス公か王太后であろう。
何事かと急いで玉座の間にやってくると、そこには王を始め、廷臣のほぼ全員がそろっていた。
(クオンが玉座に座っているのを見るのは、即位時の「降神の儀」以来ね)
大きな玉座にクオンの小さな体がちょこんと乗っている。足は床についていない。
その隣には王太后が寄り添うように立っていた。彼女もここで見かけることは滅多にない。
「ヴィンスレイジ・シャラミア、お召しにより参上致しました」
クオンに言ったのだが、答えたのは王太后だった。
「シャラミア、とても残念です。あなたは王を支えて、王国のために力を尽くしてくれるものと期待していたのに」
「どういう意味でしょうか?」
「例の書状をこれに」
文官が折り畳まれた紙を持ってやってきた。
「読み上げなさい」
そう命令された文官は、紙を広げて、読み始めた。
『ソームズ・ウィリー公へ
近頃のジスタス公の専制は目に余るものになっています。
彼は自分の息のかかった者だけを要職につけ、従わぬ者は閑職に追いやっています。
高官たちは私腹を肥やすことだけを考え、賄賂が横行し、風紀は大いに乱れています。
民たちは度重なる増税に苦しみ、生まれ育った土地や家を手放す者が後を絶ちません。
王は年端もゆかぬ少年ゆえ、そのような事態に効果的な手を打つことができません。
私はこのような状況を憂え、非才の身ながら、クオン王を廃し、自らが女王となり、王国のために力を尽くす決意をしました。
とはいえ王宮には王家の兵に加え、ジスタス家の兵が多数入っています。それに対して、私は自前の兵力を持っていません。
彼らを追い出して私が王位に就くためには、ソームズ公のような協力者がどうしても必要なのです。
ソームズ家の兵の強さは王国内の誰もが知っております。ソームズ公が兵を率いて王領内に進軍すれば、ジスタス公は慌てて自領に逃げ帰ることでしょう。
ソームズ公と、我が父セイクーンは強い絆で結ばれた同士だったと聞いております。きっと私の願いを聞いていただけるものと確信しております。
ヴィンスレイジ・シャラミアより』
「何か申し開くことはあるかしら?」
王太后にそう言われても、シャラミアは何も言い返せない。理解できない事態に、呆然としていた。
それでも、このまま黙っていては取り返しのつかないことになると思った彼女は、何とか言葉をしぼり出す。
「何かの、間違いです。私はそのような手紙は書いていません」
「シラを切っても無駄よ。この密書を持っていた者を捕らえて尋問すると、あなたの命令を受けて、ソームズ公に届けようとしたことを白状したわ」
「そのような者がいるはずがありません。ここにその者を連れてきてください」
「その男は、既に処刑した」
ジスタス公が前に進み出て、告げた。「国家反逆罪は、死刑と決まっているからな」
シャラミアは絶望した。ジスタス公まで絡んでいるとなれば、既にそういうシナリオができているのだろう。
「私は無実です。裁判を行ってください」
「王の命令は、裁判の判決よりも優先されます」
王太后はそう言ってから、クオンの耳にささやいた。「シャラミアを死刑にせよ、と言いなさい」
「え、でも……」
状況を理解しきれていないクオンは戸惑っていたが、母親から再度うながされると、「命令」を口にした。
「シャラミアを死刑にせよ」
それを聞いた王太后は満足そうに告げた。
「衛兵、その女を牢へ入れなさい!」
―――
シャラミアは牢の中で震えていた。
(私の処刑はいつなの? いっそ、今すぐ殺してくれないかしら。こんな時間は耐えられないわ)
牢は六畳ほどの広さで、寝台とトイレがついている。
ここに入る前に所持品は全て取り上げられ、囚人用の白黒の縞模様のシャツとズボンに着替えさせられた。王族であるシャラミアにとっては屈辱である。
鉄格子の檻の向こうには二人の牢番が立っている。
「ねえ、あなた達、私の処遇について、何か聞いていないかしら」
「…………」
「…………」
二人とも黙ったままだ。何も言わないように命令されているのだろう。
シャラミアは寝台に横になった。だが、眠れるわけがない。
(なぜ、私がこんな目に遭わなくてはならないの。私は王になるつもりなどなかった。先王の兄弟の子供は他にもいるのに、なぜ私が?)
シャラミアは体を起こし、五柱の神に祈り続けた。
足音と、金属がカチャカチャ鳴るような音が近づいて来た。
(とうとう処刑の案内人が来たのかしら)
「罪人の食事を持ってきました」
檻の向こうで女の声が聞こえた。見ると、配膳用の台車を押している。
(どうやら、明日までは生かしておいてもらえそうね)
「おう、ご苦労さん」
牢番の男がそう言って、台の上に載っているトレイを両手で持った。その瞬間、女の手がシュッと動いた。男は喉から大量の血を流し、倒れた。
もう一人の牢番は目の前で起こった事がすぐには理解できず、呆気にとられている。そして牢番が事態を理解し、腰の剣に手をかけたときには、既に女の持つナイフが心臓を貫いていた。
女は牢番の持っていた鍵を奪い、鉄格子の扉を開けた。
「シャラミア様、急いで脱出します。私についてきてください」
「ティナ!」
侍女のティナだった。
安堵のあまり、涙が出てきた。
「まだ安心しないでください! 急いで!」
慌てて彼女の後について、走り出した。
地下牢から階段を上がり外に出ると、辺りはもう暗くなっていた。
そして火が燃え広がっていた。兵士たちが火を消そうとして右往左往している。
「ネフ様とギラタン様が城内の各所に火をつけ、混乱させています」
ティナは言った。「裏門から脱出します。私についてきてください」
二人は火事で混乱する兵士たちの隙をついて、走り出した。
だが、しばらくしてシャラミアが立ち止まった。
「待って……ティナ、もう走れない」
「もう少しですから、頑張ってください」
ティナはそう言って振り返り、シャラミアの姿を見た。ティナは己の愚かさに腹が立った。
シャラミアは素足だった。
その両足は、火傷と切り傷でボロボロになっている。
「シャラミア様、申し訳ございません! 靴を用意しなかった私の不注意でした!」
ティナはシャラミアの前に背中を向け、かがんだ。「私が背負っていきます」
ティナはシャラミアを背負ったまま走り続け、やがて裏門に出た。
裏門の前には二人の人影が見える。
「門番がいるわ」
シャラミアがそう言うと、ティナは闇に目を凝らし、安心させるように言った。
「あれは、ネフ様とギラタン様です」
近づくと、確かにシャラミアの頼りにする二人の騎士だった。足元には彼らが殺したのであろう、門番が倒れている。
「ネフ! ギラタン!」
(助かった! もう大丈夫だわ)
「すいませんシャラミア様、馬は二頭しか調達できませんでした。後ろに乗ってください」
ギラタンがそう言った。ネフの後ろにシャラミアが、ギラタンの後ろにティナが乗ることになった。
二人はすぐに馬に鞭を入れて駆け出した。
「どこへ逃げるつもりなの?」
「ソームズ公領へ行きましょう」
ネフが答えた。ギラタンもそれに続けて言った。
「セイクーン様は生前よく言ってましたよ。諸侯の中でソームズ公が最も信頼できる。彼だけが王国全体の事を考えているってね」
シャラミアの父親の言葉を引き合いに出して、説明した。「ま、ソームズ公なら、きっとシャラミア様を助けてくれるでしょう」
(王太后とジスタス公の嘘が、本当になるというわけね)
「ギラタン、止まれ!」
しばらく走ると、ネフが大声を上げた。
「どうした」
「シャラミア様……大丈夫ですか?」
ネフは慎重にシャラミアを馬から下ろした。「ひどい熱だ」
「怪我と心労が重なったんだろうな」
「私のせいです。シャラミア様を裸足で走らせてしまったから……」
ティナは改めてシャラミアに頭を下げた。
「今は責任を問うてる場合じゃねえ」
ギラタンは少し考えた後、言った。「すぐに医者に診せて、休ませなきゃならんな。クロアの町へ行こう。ここからは近い」
「シャラミア様を六神派の町などに連れていけるものか!」
「そんなこと言ってる場合か、ネフ! シャラミア様を見ろ!」
シャラミアはゼイゼイ喘ぎ、ひどく苦しそうだ。
「……わかった。急ごう」
ネフはシャラミアを抱きかかえるようにして乗馬し、彼女を前に乗せて走り出した。
一行はクロアの町へと急いだ。




