41.政人vs.ミーナ
デモンド家に戻り、ヴェイラに作ってもらった昼食を食べていると、ミーナが帰ってきた。
「学校、さぼったのか?」
「違うよ! 今日は午前中で終わりなの!」
ミーナはそう言って、食卓に加わった。「マサトさんたち、この後用事ある?」
「いや、クリッタが戻るのを待ってるだけだが」
「じゃあさ、私と遊びに行こうよ」
「どこに行くんだ?」
「特に決めてない。フラフラ歩いてるだけでも楽しいよ、この町は」
「まあ、構わないが。みんなもそれでいいか?」
「んー、アタシはそろそろタロウに稽古つけてやりたいと思ってるんだ。旅の間、機会がなかったからな」
「はい、オレもそうしたいです。早く強くなりたいので」
(あれだけ過酷な旅をしておいて、まだ自分の体を痛めつけたいのか)
政人には理解できなかったが、タロウが強くなろうとしているのは、政人のためなのである。
せっかくやる気になっているのに、「無理をするな、子供なら遊べ」とは言えない。
「そうか、ハナコはどうだ?」
「我は御主人様に遊んでほしいのである。最近、遊んでないのである」
それを聞いたミーナは、興味深そうな顔をしている。
「何して遊ぶの? 私も交ぜて!」
「まあ、いいけど、ミーナにはそんなに楽しい遊びじゃないかもしれないぞ」
そう警告しておく。
そして食事を終えた後、三人で例のタオルの引っ張り合いをやったのだが、ハナコはもちろん、なんとミーナも楽しそうだった。
ハナコとミーナは体力的にほぼ互角らしく、熱戦が繰り広げられた。
手加減をする政人とは違い、ミーナは真剣勝負ができる相手なので、ハナコは興奮しているようだ。
ミーナもこの単純な遊びを楽しんでいるのは意外だったが、たぶん彼女は何をやっても楽しい人間なのだろう。
「ふー、堪能したのである。我は疲れたので、しばらく休んでいるのである」
ハナコがそう言って横になったので、政人はミーナと二人で遊びに行くことにした。彼女はまだまだ元気そうだ。
「それじゃ、行くか」
「はいはーい」
クロアの町の目抜き通りを、ミーナと並んで歩いている。
「ねえねえ、あの店に入ってみようよ」
ミーナはそう言うと、政人の返事も聞かずに一軒の雑貨屋に入っていった。
政人はその傍若無人ぶりに呆れたが、付いていくしかない。
「ねえマサトさん、これ、私に似合うと思わない?」
「全く思わない」
「せめて見てから返事してよ!」
仕方なくミーナの方を見ると、彼女は髪留めを持っていた。
(なんだ、これは)
それは、赤と黒の毒々しい色合いの、蜘蛛の形の髪留めだった。
「そんな物つけて歩いてたら、殺虫剤を吹きかけられるぞ」
「えー、こんなにかわいいのに」
「おまえのセンスは壊滅的にひどいな」
そう言うと、ミーナは頬をふくらませた。
「そんなこと言うなら、政人さんのセンスを見せてよ。どれが私に似合うと思う?」
すでに彼女のペースにはめられているような気がしたが、政人は一般的な女子が『かわいい』と言いそうな髪留めを探すことにした。
「これなんか、どうだ」
そう言って手に取ったのは、大きなオタマジャクシの形の髪留めだった。政人のセンスも、どこかずれていた。
「むむ。確かにそれもかわいい」
だが、ミーナの好みには合ったようだ。「じゃあ、それに決めた。えーっと、八十ユールって書いてあるよ、マサトさん」
「そうだな」
「…………」
「…………」
「ちょっと、空気を読んでよ。ここは『しょうがねえなあ、買ってやるよ』て言う場面でしょ」
「いや、そんな空気はまったく感じなかったが」
(これは、はっきりと断らないと買わされるな)
政人は、強い口調で拒否することにした。
「欲しいなら自分の金で買え。俺は買わないからな」
「えー、そんなこと言わないでよ、お兄ちゃん」
「なんだ? そのお兄ちゃんってのは」
「友達から聞いたんだ。年上の男性にこう言えば、なんでも言うこと聞いてくれるって」
政人は呆れた。
こいつらの男性観は、どこかおかしい。
「その友達、大丈夫か?」
「あれ、効いてない……? くっ、『先輩』でいくべきだったか」
ミーナは大げさにうなだれてみせた。
「なんと呼ばれても買わないからな、ほら、行くぞ」
「うん……」
政人は歩き出そうとしたが、彼女は政人の服の裾をつかんで離さない。
(まだ諦めてないのか)
政人は、「なんでも思い通りになると思ったら大間違いだそ」ときつく言ってやろうとしたが、その前にミーナが口を開いた。
「ごめんね、マサトさん」
彼女はしおらしい顔つきでマサトを見上げてきた。「私、一人っ子だったから、ずっと兄弟にあこがれてたんだ。だから、今朝マサトさんに会ったとき、『ついに夢にまで見たお兄ちゃんが現れた!』って思って喜んじゃったの。バカだよね、私。マサトさんは兄なんかじゃないのに……」
(その手には乗らないぞ。乗ってなるものか)
「知ってるんだ。本当は私は、みんなから嫌われてるってこと。当然だよね。だって私、自分の事しか考えてないもん。こんなわがままな子が近くにいたら、誰だって嫌だよね」
ここでミーナは顔を伏せ、つぶやくように言った。「それでも、マサトさんにだけは、嫌われたくなかったな……」
政人は店員に八十ユールを払いながら、これは決して自分がミーナに負けたわけではない、と思うことにした。
お世話になっている家の娘に対して、このぐらいのお礼をするのは当然だ、と。
だから、オタマジャクシの髪留めをつけたミーナが、さっきの神妙な態度が嘘のように、はじけるような笑顔で踊るように歩いているのを見ても、これでよかったのだ、と自分に言い聞かせた。
その日の夕方、クリッタから、ケンブローズ・ウェムジー聖司教との面会の約束を取り付けた、との報告を受けた。




