35.襲撃
ようやく桟道が終わり、安定した地面を踏みしめると、政人は安堵のあまり膝をついた。
タロウとハナコは地面に体を投げ出して、うつ伏せになっている。
「もう二度と、このルートは通らないからな」
政人はクリッタに文句を言った。
「わかったわかった。帰りは正規の登山道を行こう。でもこれで、あと二日も歩けばクロアの町に着くぞ」
「御主人様、足が震えて立てないのである。少し休ませよ」
「ごめんなさい。オレも休ませてください」
仕方がないので、ここで休憩することになった。五人で車座になる。
「これからの事を説明しておこう」
クリッタが話し始めた。「ここからしばらくは峠道を下ることになる。クマが出るかもしれないが、その時は俺が倒す」
「アタシにやらせてくれよ。この槍も長いこと使ってないから、そろそろ血を吸わせてやりたいんだ」
ルーチェが物騒なことを言っている。
「じゃあ、任せよう。日が暮れるころには平地に出る。そこで今日は野営し、明日からはわりかし歩きやすい道を歩く。だが、まだ安全じゃない、盗賊が出るからだ。その時は俺とルーチェで相手をする。タロウはマサトとハナコを守れ」
「はい、わかりました」
タロウはそう言って、腰に下げた短剣に手をやった。
「クロアの町に着いたら、俺の知り合いの家で待っていてくれ。その間、俺は闇の神殿に行って、聖司教に会う段取りをつけてこよう」
「町を見て歩いてもいいか?」
六神派信徒が住む町に興味があったので、聞いてみた。
「構わないが、もし出歩くんなら、武器は置いていってくれ。住民が怖がるからな」
「わかった」
「聖司教との会談だが、俺も同席してもいいか? 内密の話なら、記事にはしないと約束するが」
政人は考えた。クリッタが信用するに足る人間であることは、ここまでの旅でわかっている。
だが、話の流れによっては、聖司教には全てを話すことになるだろう。政人が異世界人であることも含めて。
そのことは社長のセリーにも話していないから、当然彼も知らない。
異世界人だと知られて都合の悪いことがあるだろうか。
今までそのことを、仲間以外にはできるだけ話さないようにしてきたのは、人間というものは、自分と異なる種類の人間を排斥する傾向があるからだ。
地球でも人種差別がなくなることはなかったし、国籍、民族、信じる宗教の違いなどによって、どうしても対立は起こっていた。
レンガルドでも、同じ五柱の神を信仰していながら、それより信じる神が一柱多いというだけで「六神派」として差別されている。
ましてや異世界から来た人間などというのは、かなり得体の知れない、不気味な存在に見えるのではないか。
しかし政人は、もう隠す必要はないと思った。
なぜなら、もうそんな段階ではないからだ。
聖司教はすでに、闇の勇者を誕生させる方法をつかんでいるという。
その聖司教にもうすぐ会えるのだ。
政人の旅は、ついに終着点にたどり着こうとしている。
ここはメイブランドのような閉ざされた国ではない。
闇の勇者が誕生すれば、その情報は世界中に拡散されることになる。
どのように闇の勇者が誕生するのかはまだわからないが、おそらくは英樹のように、地球や別の世界から召喚されるのだろう。
政人のやるべき事は、無理矢理異世界に連れてこられたその不幸な男(もしくは女)を守って、神聖国メイブランドに連れていくことだ。
だが彼(もしくは彼女)は異世界人であることに加えて、「闇の神」というメイブランド教の正統な教義では認められていない神の加護を、受けているのだ。
道中、人々から迫害をうけることは十分に考えられる。
そんな闇の勇者を一人で矢面に立たせるわけにはいかない。自分も同じ境遇の同志として、共に戦うべきだ。
「ああ、構わない」
政人はクリッタにそう答えた。
その夜――。
政人はテント内で眠りについていた。
「御主人様、起きてください」
そんな声が聞こえるとともに、激しく体を揺さぶられた。
目を開けると。切羽詰まった表情のタロウの顔があった。
「野盗が現れました」
それを聞いて一瞬で目が覚めた。がばっと身をおこし、周囲を確認する。
隣ではハナコがだらしない寝顔で眠っている。ルーチェとクリッタの姿はない。
「ルーチェさんとクリッタさんは迎撃に向かっています」
タロウの話によると、その時間はタロウがテントの前で見張り番をしていたのだが、ふと遠くに、大勢の殺気だった人間がいる気配を感じたという。
鼻と耳でその気配を探っていたところ、テントからルーチェとクリッタが出てきた。殺気で目を覚ましたのだろう。
ルーチェはタロウに「おまえはここでマサトを守れ」と言って、二人で野盗を退治しに行ったそうだ。
「野盗は何人いるんだ?」
「オレが探った気配では、少なくとも二十人はいると思います」
(多すぎる)
いくらルーチェとクリッタが強くても、危険だと政人は思った。
まずはハナコを起こすことにした。
「おい、起きろ、ハナコ」
そう言って、体を揺すぶった。
「むにゃむにゃ、御主人様、肛門腺は自分で絞れるのである」
何やら、わけのわからない夢を見ているようだ。
脳天にチョップを打つ。
「わんっ!」
ハナコは目を覚ました。「御主人様、ひどいのである!」
今の状況を説明すると、大人しくなった。
「タロウ、絶対に我と御主人様から離れるでないぞ」
「うん、ハナコは静かにしていてね」
タロウはそう言ってテントの外に顔を出し、気配を探り出した。
タロウの耳はぴくぴくと動き、鼻はくんくんと臭いを嗅いでいる。
政人はルーチェとクリッタの安否が気になって仕方がない。とはいえ、自分にできることは何もない。
しばらくして、タロウが報告してきた。
「御主人様、終わったようです」
「どうなった? 二人は無事なのか?」
「ルーチェさんとクリッタさんの声が聞こえます。元気そうです」
政人はホッと胸をなでおろした。
「行っても大丈夫かな?」
「はい、オレから離れないでください」
二、三百メートルほど歩くと、その惨状が目に飛び込んできた。
(どうやら俺は二人の強さを過小評価していたようだ)
周辺には男たちの死体が散乱していた。
暗くてはっきりとはわからないが、ある者は穴の開いた喉から大量の血を流し、ある者は胸が大きく陥没している。二十人近くの者が死んでいるようだ。
血の臭いに気分が悪くなった。
この世界に来てから、人の死に遭遇したのは初めてだ。
五人の男が両手を頭の後ろで組んで、ひざまずいている。
武器を捨て、降伏した者たちのようだ。
ルーチェは五人の前で、槍を直立させたまま仁王立ちになり、クリッタは五人の後ろで腕を組んで立っていた。
「二人とも、怪我はないか?」
「ああ、大丈夫だ」
そう言って振り返ったルーチェの体は、血で赤く染まっていた。
「これは返り血だ」
「よかった……心配したぞ」
「マサトは心配性だなあ。アタシがこんな奴らにやられるわけないだろ。クリッタもいたし」
そしてルーチェは男たちを顎でしゃくって言った。「どいつもこいつも戦闘の素人だ。訓練なんて受けたことがないんだろうな」
辺りに落ちている武器を見ると、剣や斧以外に、鋤や鍬まであった。
(なるほど、農民が盗賊になったわけか。まともな武器さえ持っていないとはな)
「クリッタ、こいつらをどうするつもりだ?」
五人の男たちを指差して聞いた。
「お、おねげえします。もう二度と盗賊になどなりません。だから、助けてくだせえ。い、命だけは……!」
男たちはよっぽど怖い目に遭ったのだろう。
五人ともその顔色には血の気がなく、体はガタガタ震えている。
「ま、殺すこともないだろ。もうそいつらは何もできねえだろうからな」
それを聞いた男たちはほっとした表情を見せたが、クリッタはさらに続けた。
「だが、このまま解放するわけにもいかんな。やったことの責任は取らせねえと」
「オ、オラたちはまだ何もしてねえだ! 一昨日、村を捨てて盗賊になったばかりなんだ」
別の男も言う。
「火が見えたので、旅人が野営してると思って、襲おうとしたんだ。で、でも、もちろん殺すつもりはなかった。この人数で脅せば、大人しく金目の物を出すだろうと思ったんだ」
クリッタはどうしようか考えているようだったが、「とりあえず、そこで死んでる連中を埋めろ」と言って、男たちに穴を掘らせた。
男たちはすぐに従った。




