28.天才の発想
「広告?」
耳慣れない言葉を聞いたセリーは、戸惑ったような声を出した。
「例えば『マールおばさんの宿』という宿屋があったとしよう」
政人は、今泊まっている宿屋の名前をあげて説明した。
「その宿屋は当然、たくさんのお客さんに来てほしい。そのためにはどうすればいい?」
「それは、宿泊料を安くして、よいサービスを提供すればいいだろう」
「そうだ。だが、それだけではだめだ。安くてサービスがいいことを皆に『知ってもらう』必要がある」
「まあ、そうだろうな」
セリーはまだピンときていないようだ。
「その宿屋では娘に客引きをさせて、旅人に一人一人声をかけている。だが、それよりも遥かに効率のいい方法がある」
「どんな方法だ?」
「発行部数二万部の新聞に『マールおばさんの宿は安くてサービスがいい』という記事を載せることだ」
「あっ!」
話を理解したセリーが思わず声をあげた。
「新聞社は、もちろんタダで店の宣伝をしてやるわけじゃない。店からは広告料を貰うんだ。紙面での扱いの大きさに応じた金額をな」
政人は補足するように言った。「まあ、記事の公正性を保つために、普通の記事として書くのではなく、広告は広告とはっきりわかるようにした方がいいだろうな」
「なるほど……これは読者にとっても有益な情報になり得るな。冒険者にとっては、武器屋や防具屋の広告は、参考になることもあるだろう」
そしてセリーは、しばらくこのアイデアを吟味するように黙考していたが、突如立ち上がり、叫んだ。
「すごいぞ君! これは……天才の発想だ!」
「そうだろう、そうだろう、マサトは天才なんだぜ!」
今まで全く口を挟まなかったルーチェが、なぜか自分のことのように自慢した。
タロウは何も言わないが、ドヤ顔をキメている。
(いや、天才なのは俺ではなく、地球でこのシステムを考えた人なんだが)
政人はヘルン新聞を読んだとき、日本の新聞と似たり寄ったりの構成だと思ったが、広告が載っていないことに違和感を感じていた。
二十一世紀の日本人である政人にとって、新聞に広告が載っているなんてことは当たり前すぎて、特に大したことだとは思っていなかったが、初めてこの方式に触れる異世界人にとっては画期的な発想に感じるようだ。
それからセリーは席を立って、つかつかと歩き出し、ドアを開けて編集局内に怒鳴った。
「おい、何をしてる! さっさとお客様にお茶をお出ししろ!」
そして戻ってきて言った。「すまない、気の利かない社員たちで困ったものだ」
(これは社員が気の毒な気がする)
「それで、聖司教に会わせてもらえるか?」
「ああ、もちろんだ。君のおかげで確実に経営が上向きそうだ」
そこでセリーは、政人の真意をたずねた。「ところで、なぜ六神派の聖司教に会いたいか、聞かせてもらってもいいだろうか」
政人は隠す必要はないと判断した。
「闇の勇者の情報を探しているんだ」
そして、インタビュー記事を示して言った。「この記事の中で聖司教は、『ペトラススクの預言書』は失われたと言っているが、メイブランドの王都の書庫に残っていたんだ。俺はそれを読んだ」
「本当か!?」
「ああ、闇の神の加護を受けた勇者が魔王を倒すという記述は、確かにあった。」
「君は、魔王だとか勇者だとかいう話を信じているのか?」
「ああ、信じている。光の勇者にも会ったったことがある」
「なんだって!?」
そこでセリーは「ちょっと失礼」と言って席を外し、メモとペンを持って戻ってきた。
「詳しい話を聞かせてくれ」
(そういえば、これは特ダネになり得る話だったか。一般人にとっては、信じられない話なんだろうな)
政人は自分が異世界人であることだけは伏せ、話した。
神聖国メイブランドの女王レナが、英樹を光の勇者として召喚したこと。
英樹は魔王を倒すために迷宮で特訓を続けていること。
そして政人は、英樹と共に魔王と戦う闇の勇者を探していること。
「君は『神聖女王』の命令を受けて動いているのか?」
「違う。女王は闇の勇者の存在を認めていない。俺は英樹を助けるため、独自に調査している」
政人は出されたお茶を飲み干すと、セリーに確認する。「この話、記事にするのか?」
セリーはしばらく考える様子を見せた後、答えた。
「裏が取れない以上、記事にはできない」
「そうか」
「メイブランドにも記者を派遣するべきかもしれないが……まあ、ウチは地方紙だからな」
「そうだな、それにこの国は魔王の誕生よりも、身近で厄介な問題を抱えている」
それを聞いたセリーは苦笑している。
「王家はすでに、民衆から愛想を尽かされている。王家が倒れれば、ここタンメリー女公領を含め、ガロリオン王国全土が乱れる。王がいてこその諸侯だからな。ひょっとすると、我こそが王になろうと動き出す諸侯が出てくるかもしれない」
「戦争になるな」
「それだけは避けねばならない」
しばらく会話が途切れた。
セリーは気を取り直したように言った。
「聖司教との面会については任せてくれ。もうすぐそのインタビューをした男が帰ってくるから、そいつに案内させよう」
「王領内は治安が悪いと聞いているが、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
そしてセリーはニヤリと笑って付け加えた。「あいつは強いからな」




