第97話『粉』
「ごちそうさまでした」
セキル君のお母さんが腕をふるってくれたおかげで、唐突な来客にも関わらず夕食はフルコースであった。ダイリさんは初めての生魚を食し、なんとも満足げな、口元をゆがめたような、微妙な顔をしている。一応、美味しかったことには美味しかったらしい。
セキル君の家は八百屋さんらしいが、果物っぽいものも取り扱っているようであり、楕円型の真っ赤な実を売り場から持ってきて、皮をむいてデザートとして出してくれた。食事を終えたところで、仕事を始めようとお父さんが立ち上がる。
「私たちは、明日の営業準備に入りますが、ダイリさんはどうされます?」
「俺?これ。楽器のメンテナンスをするぜ」
「こちらに布団を持ってきておきますね」
お父さんとセキル君は屋台の置いてある部屋へと戻り、重そうな木箱を運んだり、紙に文字を書いたりしている。お母さんはちゃぶ台を少し寄せて、隣の部屋から布団を持ってきてくれている。俺はちゃぶ台に置かれたまま、果物を食べているダイリさんを見ている。
「よし」
ダイリさんは果物フォークをお皿に置くと、ケースにしまっていた楽器を取り出し、厚手のハンカチで楽器のネックやボディを拭き始めた。楽器の見た目としては、弦のないギターに似ている。全体的にガラスのような質感をしているが、部品には金属も使われている。布でこするたびに、スィーンという透きとおった音が空気にまぎれて消えていく。
楽器についているピンと留め具をはずすと、ボディの一部がフタのように開いた。ハンカチを中に押し込んで、キュッキュッと強く磨いていく。パッと見はキレイに見えた楽器だけど、ハンカチにはホコリや汚れが薄くこびりついている。やっぱり野外で使うと、それなりに汚れるみたいだな。
「いいのがあった」
セキル君が木でできたリングみたいなものを持って、ダイリさんのいるリビングへとやってきた。そのリングに俺を乗せて、リビングにあるタンスの上へと設置している。
「ん?なんだそれ?」
「これ、果物が転がんないよう固定するやつ。丁度いい大きさだった」
お店に果物を陳列する際、土台として使っているリングだという。大きさは俺にピッタリであり、これなら転がって落ちる心配もない。タンスの上に置かれている気分といえば、ちょっとしたトロフィーにでもなったよう。これから先、俺はここから、セキル君の家の食卓をながめさせてもらうとしよう……。
「お兄ちゃん。なにか食べたいものあったら言って。持ってくるから」
「もうお腹いっぱいだよ……サンキューな」
俺を部屋に飾り付け、セキル君は店先へと戻っていった。部屋の壁にかけられている時計を見ると、俺が屋台でイモを焼いていた時から、3時間くらい経っていることが解る。とすると、そろそろ窯に入れたクッキーみたいなものが焼き上がる時間だろうか。一旦、俺はリディアさんの家へと意識を戻してみることにした。
『場所:アレクシア居住区』
「リディア。コグ、1つ食べてもいいですか?」
「1枚ならいいけど……」
窯の火は消えていて、リディアさんは焼いていた料理をテーブルに出している。まだ焼きたてだからか、コグと呼ばれるものの表面はテカテカと輝いている。明日まで待てないとばかりに、エメリアさんが1つだけ味見させてもらっていた。まあ、それなりに数はあるから、1個くらいはいいのだろう。
「……かっ……かたいですぅ」
「歯で削って食べるものだからな」
コグを口に入れたエメリアさんは噛み砕くことも叶わず、飴玉のように口の中で転がしている。そんなに硬いのか。その一方で、リディアさんはハンマーを持ち出し、テーブルの上に乗せたコグをゴツンと叩いて割っている。
「お嬢様。コグの焼き具合はいかがでしょうか」
「うん。中まで焼けている。このまま朝まで冷まそう」
リディアさんの報告を受け、シロガネさんは窯の掃除を始めている。ハンマーで叩かなきゃ割れないクッキーとなれば、かなり水分が抜けているのだろう。リディアさんは割ったカケラをつまんで口に入れ、ぼりぼりと噛み転がしている。
「……」
俺が知っている中で、もっとも硬い食べ物といえば……あずき味のアイスキャンディだ。あれは実に硬い。ちょっと溶けてくるまでは、歯で噛んでもビクともしない程の硬度である。そんなあずきアイスでも、少し時間が経てば食べやすくなってくるが、コグは固形物だから唾液でふやかすしかないのだろう。逆にいうと、長く口に含んでおけるから、空腹を紛らわすにはいいのかもしれない。
「……ピンときました!」
「……?」
「私の部屋に来ませんか?」
まだコグを口に入れているエメリアさんが、唐突にリディアさんたちを自室に招き始めた。そういや、エメリアさんの部屋って、どんななんだろう。まだ入ったことがないな。
「……また、私に変なことをするつもりだな?そうはいかないぞ」
「いやらしいことじゃないですけど……私の部屋の、お宝を開けます」
「……お宝?」
エメリアさんの部屋にはコグに関係する何かがあり、それを満を持して開けると宣言している。ただ、リディアさんもお宝の正体は知らないらしく、好奇心にかられて部屋へとついて行くと決めてしまう。
「割ったコグ、持って行きます」
「うん」
ハンマーで割ったコグを丁寧に紙に包んで、エメリアさんは自室のある2階へと上がっていく。リディアさんの使っている部屋とシロガネさんの部屋の間にあるのが、エメリアさんの寝泊まりしている部屋であるらしい。ドアには掛け札があり、なぜか準備中と書かれている。
「エメリアのドアについている札、あれなんなんだ?」
「近所のパブが閉店したので、記念にもらってきました……」
やけに年季が入った札だと思ったら、実際に店で使っていたものとの事。行きつけだったのかもしれない。それはともかく、エメリアさんは部屋のドアを開く。カーテンを開いて月明かりを部屋に入れると、ベッドが1つと……壁一面に棚があるのが解った。棚にはビッシリと、大小様々なビンが置かれている。
「エメリア。飲んだら、ちゃんと片付けるんだぞ……」
「飾ってるので、片付けてあるんです……」
ただ飲み終えたお酒のビンを放置している訳ではないようで、棚に並んでいるものの多くは中身が入ったままである。エメリアさんは足の高いテーブルに割れたコグを置き、ずらっと置かれているビンの近くへとしゃがみ込んだ。リディアさんもエメリアさんの部屋にはあまり入ったことがないのか、シロガネさんと同様に物珍しそうに見回している。
「これを開けましょう」
エメリアさんはダイアモンドを思わせる角ばった形の瓶を持って、コグの置かれているテーブルの近くへと戻ってきた。ビンに入っているサジを使い、割ったコグへと白い粉を振りかける。あれは、なんの粉だろう……。
「あなた。またお嬢様に何か、怪しげなものを食させるおつもりではなくて?」
「いやですね~。調味料ですよ~」
日頃の行いのせいもあり、すぐにシロガネさんが前もって釘をさしている。ビンに書かれている文字は薄れていて、俺にも粉の正体は解らない。安全性を補償すべく、まずはエメリアさんが味見する。
「……ッ!やっぱり、これですね!」
「美味しいのか?」
「これですよ」
味のレポートは全くしてくれない訳で、リディアさんも自分で食べてみるしかないと判断し、白い粉の乗ったコグを口に入れた。
「……これは、いいな」
「これ、絶対にあうと思ったんですよ~」
「どれですの……」
話題に乗り遅れたシロガネさんも、小指に乗る程度のカケラを口に含む。
「これは……悪くはないですわね」
「だが……これは、なんなんだ?」
「解らないんですけど、調味料売り場で見つけました」
エメリアさん自身も、『食べられる物』ということ以外は、よく知らないらしい。ただ、非常に美味しいようであり、3人は熱心に粉をまぶしてコグを口に入れている。1個のコグを3人で食べているわけで、キッチンから持ってきた分はすぐになくなってしまった。
「……もう1個、割って食べないか?」
「ワタクシがお持ちいたしますわ」
そんなに美味しいのか、エメリアさんより先にリディアさんがおかわりを提案している。いつもはストッパー役をはたしているシロガネさんも、幽霊の管理人さんと出くわすのも恐れずに1階へと降りていく。これは……やっぱり怪しい。俺は翻訳スキルのレベルを上げて、ビンに書いてあるラベルを改めて読んでみた。
『植物由来・粉砕済み純白砂糖・極み』
「……」
本当に、ただの砂糖ではある……らしい。普通の砂糖より細かく砕いてあるから、パウダー状になっているだけみたいだな。でも、料理をしないエメリアさんが、なんで部屋に粉砂糖を置いているのか。俺と同じ疑問が浮かんだようで、リディアさんが代わりに質問をしてくれている。
「なんで、こんなのが部屋にあるんだ?」
「この、ビンが欲しかったんです」
「ビン……では、これら全部、ビンが欲しかったのか?」
「そうです」
言われてみると、部屋に並んでいるものには凝った形のビンが多いな。粉砂糖が入っているビンもカクカクした宝石みたいな形だし、他のものも赤かったり青かったり、長かったり丸かったり、色々な種類がある。完全にビンの方が目当てなのか、中身のないビンもちらほらあったりする。
「お持ちしましたわ」
「では、次は……こっちで食べましょう」
砕いたコグをお皿に乗せて、シロガネさんが部屋へと戻ってきた。エメリアさんはハチの巣みたいな形のビンを手にして、その中に入っているトロトロした金色の液体をかける。3人で仲良く味見をするも、またしても率直な感想がこぼれた。
「美味しいですね~」
「うん。いい味だな」
「ですが、あなた。こちらは……どのような調味料なのでございまして?」
「解りませんけど、食べ物の市場で買ってきました」
美味しいのだというが、3人は基本的に食レポはしてくれない訳で……どんな味なのかは俺には全く解らない。知りたくとも食べることもできないので、これに関しては諦めた……。
「もっと、別のビンもあるんですけど……」
「しかし、あまり食べると、明日の分がな……」
2個までは許容範囲だったようだが、さすがに3個めとなるとリディアさんもためらいを見せてしまう。ただ、粉砂糖もハチミツも非常に美味しかったと見られ、ここで終わるのは残念とばかりに考え込んでいる。それを見て、シロガネさんがスッと小さく手を上げる。
「お嬢様。このような事態にそなえまして、ワタクシ……」
「……?」
「つい先程、新たなコグを仕込みましたわ!」
「さすがシロガネさんだ!」
「有能メイドですね」
おかわりを取りに行った時、ついでに準備してきてくれたようである。もう食欲をおさえなくて済むと解り、稀に見るテンションの高さで3人はコグを取りに1階のキッチンへと降りて行った。
「……」
セキル君の家もリンちゃんの家も、家族みんな仲がよくて居心地もよかったのだけど、こちらの3人を見ていると……なんだか別の意味で安心感がスゴイ。俺、人との出会いには地味に恵まれているのかもしれない。
第98話へ続く




