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第96話『解読』


 「ダイリさんは、お酒は飲みますか?」

 「俺は滅多に飲まないんだ。のどが痛くなるしな」


 お父さんにお酒をすすめてもらうが、ダイリさんはお酒は飲まないとお断りし、煮魚をフォークで丁寧に解体している。この世界の人って、みんなお酒が好きなのかと思ってたけど、飲まない人もいるんだな。歌手の人だから、のどには人一倍、気をつかっているのかも知れない。


 セキル君のお母さんの料理に文句はないようなのだけど、ダイリさんは家の中を見回して部屋の間取りを確かめている。食卓の置かれている居間と、向こう側にはキッチンがあると見られる。あと、ドアが2つ見えるな。あちらが、セキル君たちの寝室なのだろうか。


 「そういや、泊めてくれるとはいうけども、寝室は空いてるのか?」

 「寝室は3人でいっぱいですが、こちらにお布団を敷きますよ」


 布団という単語を聞いて気づいたけど、セキル君の家はクツを脱いで入る仕様で作られているんだな。食卓もちゃぶ台だし、リディアさんやリンちゃんの家と違って日本式に近い造りだ。ベッドが無くても、布団を敷けば寝場所は作れるので、その点では和式って便利。


 「うん。魚も美味いし、港町は最高だな」


 「お兄ちゃんの国では、何を食べてたのさ」


 「ん?パサパサの米に、茶色いタレをかけて食べるんだ。カレーってんだけどさ。もっぱら、あればっかだぜ?」


 たしか、前にも誰かが、カレーの話をしていたな。この世界にもカレーってあるのか。いや……待てよ。カレーがあるとしても、料理名まで同じというのは不自然だ。そんな違和感をおぼえ、俺はスキル一覧から『翻訳』のスキルを選択し、その効果について詳細を確認した。


 『スキル:翻訳 効果:書かれて時間の経過した文字や、聞き取りにくい言葉を解読しやすくする。解読能力はスキルレベルに比例』


 「……?」


 『翻訳』は俺がスキルポイントを使用して習得したスキルだ。その他に、もう一つ似たようなスキルがあるぞ。『解読』か。これは……なんだろう。


 『スキル:解読 効果:視覚や聴覚から得た言葉を理解できるようになる。別の世界の知識にて当てはまる単語を知っている場合、自動的に別世界の言葉へと置き換えられる』


 こんなスキルを習得したおぼえはないから、この世界へ来た際にデフォルトでついていたものだと考えられる。でも、説明を読んでも、いまいち意味が飲み込めないな。ええと……当てはまる単語があったら、別の世界の言葉に置き換えられる。別の世界って、地球や日本のことかな。


 『どうしたの?解らないことがあったの?』

 

 「……?」


 なんか、女の人の声がしたな。セキル君のお母さんはキッチンに立っているし、お母さんの他に女の人は近くにいない。それに、聞き覚えのある声だった。この声は……ええと。


 『ああ……私、あなたをこの世界へ転生させた女神よ』

 

 「……」


 ああ。俺を送り出してくれた神様か。姿は見えないけど、神様だから神通力で俺に話しかけているのかな。


 『そう』


 そうらしい。まさか、転生させてくれた上に、その後のフォローまでしてくれるとは。早速、解読のスキルについて聞かせていただきたいのですが……。


 『そのスキルは、あなたを転生させた時に付加したものなの。これがないと、あなたは一から語学を勉強しないといけないでしょ?』


 はい。情けない話、石に転生してまで、難しい勉強はしたくないですね……。


 『あなたが理解しやすいよう、地球……日本にあるものと瓜二つのものについては、そちらの単語で聞こえるようにしてあるの。この世界にはカレーとほぼ同等のものがあるから、それはカレーと聞こえるようになっているのね』


 なるほど。この世界にカレーという名前の食べ物がある訳じゃなくて、ほぼカレーと同様のものがあるから、それをスキルが勝手にカレーと翻訳しているのか。間違いなく、そちらの方が俺としても解りやすい。ご親切に、ありがとうございました。


 「……」


 神様から解説をいただいたところで、ふと俺は別の単語についても考えを広げてみた。騎士団所属の博士が俺の体を調べた時、その正体をオリハルコンと呼んでいた。つまり、カレーと同じく、そちらも一般的に知られている意味と、同じ意味の物質なんじゃないだろうか。もう一度、俺はオリハルコンについてネットで検索してみた。


 『オリハルコン:古代帝国において保有されたとされる幻の合金』


 ……これが言葉そのままの意味だとしたら、この世界にも古代帝国が存在したのかな。そして、その文明が保有していた合金が、オリハルコン。とすると、俺の意識が宿っている石は……あの、神様。これ、どういうことなんでしょうか。


 「……」


 あれ……もう神様の声は、聞こえなくなってしまったな。俺に付加したスキルについては神様の領分だから教えてくれるけど、この世界の未知なる部分に関しては、部外者だから教えられないのかもしれないな。もう、神様との通信は途切れたと見られる。

 

 「……」


 しかし、俺の体の正体って……一体、なんなんだろう。古代帝国がオリハルコンを作り出したのだとして、何の為に作ったのか。そして、古代帝国は、どこへ行ってしまったのか。まだ、よくは解らない。しかし、俺が転生して最初に座していた丘。あそこの周辺にも、何かが隠されているんじゃないのか?


 「……」


 そういや、メフィストさんって、何を調べてたんだろう。俺を調べていたかと思いきや、急に帝国へと来て聖女様を探したり、月が落ちてくるとかどうとか。そして、明日は神殿に行くと言っていた。やばい……なんか不安になってきた。あんまり考えすぎると眠れなくなってしまう。今は、深く考えるのはやめておこう。


 「泊めてもらう上に、美味しい物までいただいちゃってまぁ……おじさん。俺、なんか恩返ししたいんだ。欲しい物とかある?」


 「そんなの、いいですよ……ダイリさんのお陰で、屋台のおイモがたくさん売れました」


 「そうか?夜だから歌えないしなぁ……」


 お魚をキレイに食べ終えたところで、ダイリさんがセキル君のお父さんに感謝の姿勢を見せている。リンちゃんのお父さんに荷車へ乗せてもらった時も、なんとか恩を返そうと頑張ってくれていた。コクサという国の人は、恩義を重んじる国民性なのだろうか。


 ダイリさんはリンちゃんのお父さんへのお礼として、荷車の上で歌を歌ってくれたが、こんな商店街のような場所で夜分に歌ったら、どんなにキレイな歌声でも苦情がきてしまう。それに、海賊にも居場所がバレてしまいかねない。素敵な恩返しの方法が見つからず、止むを得ずダイリさんは腰に下げているカバンを開いた。


 「仕方ない。宿泊費だ。ええと……」


 カバンの中から宝石の1つを取り出し、お父さんの手へと、しっかと握らせている。


 「次、ダイマグロが海から上がったら、これで食ってくれ」

 「え……ええ?こんなに」


 これ……ルビィさんがマントを譲り受けた時、リディアさんに渡していたものに似ているな。あれ1つで、1000ジュエルだったっけ。おお……1泊の恩義に1000ジュエルがポンと出てきてしまった。さすがコクサの白い砂嵐さんだ。お金も持ってる。


 「ううう受け取れません……」

 「いいからいいから。俺、なんにもしなくても金庫にお金が入ってくるんだ」


 ダイリさんはミュージシャンだしライブだけじゃなくて、印税みたいなものでも収入が得られるのかな。それだけお金があれば、泊まるところにも食べるものにも困らないし、ぶらぶらと旅に出てみようと考えるのも解らないでもない。一度はお金を受け取ったお父さんだったが、そのキラキラした輝きに負けてか、ダイリさんへと押し返した。


 「やはりダメです。いただきません」

 「参ったなぁ……」


 ダイリさんにとっては大した額じゃないのだろうけど、一般的に見たら大金である。だが、金額の問題だけでなく、お父さんが受け取らない理由は他にもあると見られる。


 「いいんです。あなたが来てくれて、久々に町が賑やかだ。聞こえますか?」

 「……?」


 家の外で、海賊らしき人たちの声が聞こえている。ただ、ダイリさんの居場所がバレた訳じゃないようで、家の前を通って声は消えていく。その他にも、酒場から帰ってきたと思われる人たちの楽しそうな話し声が、まだ浅い夜の空気に響いている。


 「ダイマグロが上がっただとか、その程度のニュースしかなかった田舎町に、これだけの活気が見える。私は嬉しいですよ」


 「……そうだよ。ダイリさんは、なんにも気にしないで泊っていってよ」


 お父さんの言う事に同調し、セキル君もダイリさんを迎え入れる気持ちを見せている。やや考え込む様子ではあったが、あぐらをかいていた足を組み替え、ダイリさんも納得をあらわとしていた。


 「……そこまで言われちゃあ、解ったぜ。だが、1つだけ言わせてもらう」

 「……?」

 「俺、いつかまた、この町に来るぜ。この借りは必ず、歌で返す」

 「……ええ。ぜひ、お越しください。歓迎いたします」


 ここまで言われてお金を差し出そうものなら、逆に興醒めというものである。そういう恩返しならば喜ばしいと、お父さんたちもダイリさんの宣言に笑顔で応じていた。


 「……」


 おじいさんの形見をルビィさんに渡した時、リディアさん達はお金を受け取ることによってルビィさんに納得してもらっていた。今回はお金を受け取らない事で、ここで再会する約束としたようである。シチュエーションは似ているけれど、色々な気持ちの伝え方があるのだなと……俺も場の空気をしかと読んだ。


 「はい。お刺身よ」


 お母さんが、生魚をお皿に乗せて運んできてくれた。さすが港町だ。帝国ではお目に掛かれなかった、生の魚の切り身も献立として並ぶ。ただ、生の魚を食べるのは初めてのようで、ダイリさんは嬉しそうな反面、ちょっと引きつった笑顔を見せている。


 「おぉ!こ……これがお刺身かぁ。あたったりしないのか?」


 なかなか手をつけようとしないダイリさんを見て、セキル君は醤油に似たタレを指さす。そして、当たり前といった様子で食べ方を教えた。


 「これをつけて食べるんだよ」

 「そ……そうか。よし」


 ダイリさんはフォークでお刺身をすくい取り、しょっぱそうなタレにひたした。10秒……20秒……まだまだ食べない。もう、かなりお刺身は茶色く染まっている。


 「……」

 「……」

 「なあ、坊主」

 「……?」


 お刺身はタレにひたしたままフォークをお皿の上に置き、ダイリさんが口をへの字にしながら尋ねた。


 「あと、どのくらい……消毒すればいいんだ?」

 「……え?」


 タレを使って、お刺身を消毒をしているのだと思われたらしい。これだけタレが染み込んでしょっぱそうになってしまうと、逆に体に悪そうでもある……。


第97話へ続く

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