第966話『熱』
職人のガレッキさんとお弟子さん二人が、俺を入れて回すための箱みたいなものを夜通し作ってくれている。明け方になっても作業は終わらず、朝ご飯を食べる様子すらなく箱作りは続いている。
「ここに雪除けの突起をつけたならば、雪が舞い込みにくくなる」
「いや。こいつが光っている様子が外から見えないといけねぇんで、光がさえぎられるのはダメなんじゃあねぇ?」
「だったら……箱自体を透明な素材で作ったらいけないっすか?」
今日は山を降りて街に行く。そう言っていた気はするが、まったく出発しそうな気配はない。もはや作り始めたら納得がいくまで止まらない。職人って、そういう人たちなんだろうな。
ということで、やはりリディアさんには自力でガレッキさんを探してもらわねばならなさそうである。俺はリンちゃんの家の前の照明を消してから、リディアさんの様子をうかがいに行く。
『現在地:マグラス邸』
リディアさんのつけているネックレスの石へと意識を移した。まだリディアさんたちはルビィさんの家にいる。リディアさんの部屋に集まって、今日の作戦会議をしているものと見られる。
「リディア。一晩中、うんうんうなされてましたけど、眠れたんですか?」
「口の中にあったすっぱさが、のどに移動した感覚に襲われている。今は何も食べる気が起きない」
黄金爪を食べた後遺症は残っているようで、エメリアさんいわくリディアさんはうなされながら夜を過ごしたとのこと。じわじわ効いてくるタイプのアイテムである。
リディアさんとエメリアさん、シロガネさんは荷物を置いているのだが、メフィストさんだけは戸口に立っており、出発の意気が高まっている。
「聖女様が問題ないのならば、出発する」
「はい。体調に問題はありません。今日は一日中、動けるかと」
「オーニスの街へは、およそ8時間は要する見込みですわ。それでは、参りましょう」
シロガネさんの言葉にうなずき、みんなは支度をして屋敷の一階へと降りる。リビングにいるルビィさんのご両親に挨拶をし、執事のゲンブルさんと共に野外へと出た。
いつものように林の中を走り去って行かないシロガネさんを見て、エメリアさんが何気なく問いかける。
「あれ?シロガネちゃん。馬車に乗るんですか?」
「ワタクシは道案内をいたします。同乗いたしますわ。魔獣に関しましては……未知の存在でもございません。理解に努めますわ」
馬車は幽霊みたいな姿をした魔獣が2頭で引いており、シロガネさんは魔獣を苦手としている。できれば乗りたくはないのだろうけど、道案内が必要とのことで、今回は辛抱してくれるようだ。
道案内という言葉に違和感を覚えたようで、リディアさんがシロガネさんへと尋ねる。
「ゲンブルさんでしたら、この街のどこへ向かうにも案内は必要なさそうに感じますが……案内は必要なのでしょうか」
「ええ。はい。私も、おおよその場所は見当がついておりますが、おそらくはシロガネさんの同行がなければ通ることができない場所と捉えております」
「……?」
「オーニスの街へ向かうにあたり、物資運搬用の車両を利用いたします。その為、本日は秘密裏に……裏口より出国いたしますわ」
裏口?この国に、そんなのあるの?
「詳細は、お車の中でご説明いたしますわ。ゲンブルさん。お願いいたします」
「はい。皆様。どうぞ、お乗車くださいませ」
とりあえず、みんなは車に乗せてもらい、朝日が昇っているにもかかわらず暗い林の中を進む。運転席にて、ゲンブルさんの隣に乗っているシロガネさんが、後部の箱型の車両に乗っているリディアさんたちへと解説を始める。
「裏口と呼ばれる場所は、国より許可を得た一部の運搬業関係者のみが、特別に入出国するためのゲートです。今回はアレクシア国より許可を得て、そちらを使用いたします」
「さすがに、このまま……ゲンブルさんの運転してくれている車で、国防壁を超える訳ではないのですよね」
「出国前に、貨物列車に乗り換えとなりますわ。砂丘を超え、密林地帯に差し掛かったところにて、改めて魔獣の引く車両を手配いたします」
どうやら貨物列車というものに乗れば、スムーズに砂丘を超えることができるようだ。その先にある密林や雪山は、また別の移動手段を必要とするらしい。
シロガネさんが、やや改まったような口調でリディアさんたちへと告げる
「そちらに伴いまして、お嬢様や皆さんには大変、申し訳ございませんが……移動中は運搬業者として振る舞っていただきたく存じますわ」
「……?」
シロガネさんの頼みを受け、またしてもリディアさんたちが不思議そうな顔をしている。運搬業者として振る舞うって、どういう感じなのか。それにエメリアさんが、いち早く反応する。
「……ッ!肉体労働させられる!」
「いえ、実際に働けとは言っておりませんわ……あくまで物資の検査員や、各施設の監査といった名目で同行していると、口裏を合わせていただきたいといったお願いにございます」
「聖女としての活動をおおやけにしない……そういった思惑でしょうか。私も、聖女という役割については触れまわりたい気持ちはありませんが」
「ハイドレンジア本国にて法廷召喚を受けたこともあり、アレクシア帝国としても慎重になっているのではないかと推測されますわ」
オーニスの街の人たちも『聖女』という言葉は聞き慣れないだろうし、変に噂が立ったり騒ぎ立てられたりしないよう、あくまで運搬業としての名目で街へと向かう。そういった思惑があるようだ。まあ、そっちの方が無難ではある。
話の内容には、みんな納得したようだ。しかし、エメリアさんとメフィストさんはリディアさんを見つめている。
「私とメフィストちゃんはかろうじて業者と言い張れそうですけど……こんな服の運搬業者います?」
「お嬢様……一時しのぎとしてマントをお持ちいたしましたわ。雪国では防寒用のものを着用くださいまし」
「私はともかく、シロガネさん。あなたもだと思います……」
リディアさんの恰好といえば、雪国へ行くにも関わらず水着も同然の露出度である。帝国製の装備の効果が高いので寒さは問題ないのだろうけど、どう見ても業者ではない。そして、それはメイド服のシロガネさんも同様である……。
「……」
ということで、リディアさんとシロガネさんは、しばらくマントを着て移動することとなった。俺は胸元のネックレスに取り付けられているから、マントを着てしまうと何も見えない……。
「……」
透視スキルを使えば、マントの外を見ることもできるのだけど……マント程の厚手の布を透視してしまうと、見る人が全員裸に見えてしまう。それが個人的には、ちょっとイヤなのである。
ネックレスにはめ込まれている俺が、マントの外の景色が見えたからといってやれることは大してないのだが……得られる情報が限られてしまうのは良い状態とはいえない。
どうにかできないものかと、俺は習得可能なスキルの一覧をながめ始める。たまにスキルは増えている時があるから、使えるものもあるかもしれない。
『スキル:温度変化』
俺の温度を変化させられるスキルのようだ。太陽と北風の童話みたく、俺がマントの中を熱くしたら脱いでくれるかもしれない。いや、服装を隠す為に着ているのに、脱いでしまったら意味がないな……。
『スキル:視界広域』
これはすでに習得しているスキルなのだが、スキルのレベルを上げて視覚を広げ続けたら、いつかはマントの外まで見えるようにならないだろうか。試してみよう。
『スキル:視界広域 レベル8』
……う~ん。かろうじてマントの首元から差し込む照明の灯りは見えるようになったが、さすがにマントの外までは見えない。これ以上はレベルを上げても、マントの中が広く見えるだけである。
他の手段を探した方がよさそうだな。そう考え、スキルの一覧をスクロールしていくと、またしても温度に関するスキルが目に留まった。
『スキル:体温感知(スキルポイント5)』
スキルの説明文を読んでみたところ、温度を感知する能力であると解った。もしも人や生き物の体温のみを感知するものだとすれば、マントをやりすごして人の動きを見られるかもしれない。やってみよう。
『スキル:体温感知 レベル1』
俺の視界が切り替わり暗くなる。その後、ぼんやりとサーモグラフィのような感じで、赤色が浮かび上がってきた。見ている方角から推測して、エメリアさんとメフィストさんの体温を表しているのではないかと考えられる。
『体温感知:レベル7』
試しに、もっとスキルのレベルを上げてみた。すると、ぼやけていた温度の表示がくっきりとしたものに変わり、みんなの表情や体の線まで解るようになる。これなら誰が、何をしているのかくらいは解る。あとは会話から察すれば、外の様子も知ることができそうだ。
ええと……リディアさんの前に座っているのが、エメリアさんとメフィストさんだな。少し方向を変えると、運転席にいるシロガネさんや、執事のゲンブルさんの体温も見える。ゲンブルさんは少し体温が低いようで、赤色の他に青色に見える部分もある。
「……」
あれ……馬車を引いている二頭の幽霊っぽい馬。そちらの体温が全く感知できない。まさか、体温がないのか?体温がないとすると……本当に生き物なのだろうか。
「……」
まあ……俺も体温はないんだけど。石だから、そこはノーカウントということでお願いしたい。
続きます。




