第963話『雪中』
「石田様。ご無事ですか」
雪の中を落下し続けていた俺だったが、やっと体は勢いをおさめ、百二子様の声も聞きとれるようになった。なお、周囲は雪に閉ざされているのか、真っ暗で何も見えない。
スキル『メテオ』は落下に際して体が熱くなるらしく、俺がまとった熱で溶けた雪が水となり、音を立てて流れているのが解る。高く降り積もった雪を突き抜け、その最下層にある地面まで落ち着いたものと考えられる。
「……」
体を軽くして浮かび上がろうにも上には雪があるから、その重みを体に受けると浮遊はできない。ただ、いっぱしに俺は力はあるので、雪を押しのけて横に移動することはできそうだ。
「このまま雪中を進み、職人の集落を目指してはいかがでしょうか」
そうですね。空の見える場所まで戻る方法はさておき、できることから始めた方がよさそうですね。
俺はマップを開き、オーニスの街以外に人がいる場所を探す。あまり人の多くない場所でもあり、すぐに見つけることができた。ここにガレッキさん達が住んでいるのだろうか。
「……石田様。ご自身で探し当てられましたでしょうか」
……そうだった。百二子様に案内してもらう予定だったのに、自分で見つけてしまった。というか、百二子様の姿も雪に隠れているから、案内してもらおうにもいる場所が解らない。
「石田様は実に多彩にございます。私にできることなど、たかが知れております……」
能力が多彩といっても、ほとんどは転生した時に神様からもらったものなので、俺が自慢できるものは大してないですが……。
「石田様は私のせいで命を落としていなければ、必ず現世で豊かに暮らしていたこと存じます」
今になって思えば俺が死んだ時、百二子様は俺の視界に入り込んだだけで、目の前に飛び出してはいなかった気もします……で、俺が勝手に事故で死んだ。その程度の人間です。
「……」
そんな俺を追いかけてきてくれて、色々と助けてもらっていることには感謝しています。よろしくお願いします。
「ふつつかものですが、これからもよろしくお願いいたします」
それと、こんなに俺が普通に話をできる相手なんて、百二子様くらいなので……そういう意味でも助かっています。
「ご期待にそえるよう努めます。声でご案内することは可能ですが」
こうして思っていることを伝えるのは、なんだか恥ずかしい。俺は移動を開始することにする。
マップを見ながら進んでも、いつの間にか方向がズレていたりもするので、二人で気をつけながら進んだ方がよさそうです。お願いします。
とにかく視界の不良は改善すべきと考え、俺は『発光』のスキルを発動する。周囲に今のところは人も生き物もいないからして、光っていても驚かれたりはしないはず。
「……」
俺が体を転がすたびに、目の前にある雪が押しのけられていく。俺の体から発せられる光が、雪や雪解けの水に反射し、まるで万華鏡の中を進んでいるような錯覚に陥る。
たまに雪が崩れて、上から小石が落ちてくる。雪は解けることもなく延々と積もっているので、埋まったものは基本的に埋まったままとなっているのかもしれない。
「石田様。こちらです」
時折、聞こえてくる百二子様の声を頼りに、マップの現在地と照らし合わせながら移動していく。雪に混じって障害物があるとも限らないので、あまりスピードは出さずに慎重に進む。
この辺りは……少し斜面になっているな。山の形に雪が積もっている訳ではなく、山なりに雪が積もって、地上の風景が出来上がっているのだろう。
「……ッ!」
突然、ギュルル……という何かがうねるような音が聞こえてくる。俺は進むのをやめ、マップへと視線を向けた。大きな魔獣の居場所を示すマークが、こちらへと近づいてくる。
さらに音が、けたたましく響く。もしや、俺の動きや光を感知して近づいてきているのか?念の為、『発光』のスキルを解き、音の主が現れるのをひっそりと待った。
「……」
かなり音が近づく。だが、そうして緊張している俺に気づいてはいないのか、音は次第に遠ざかっていった。魔獣の通り道は……すぐ近くだ。何が通ったのかは解りませんが、見に行ってもいいですか?
「はい。参りましょう」
百二子様に断りを入れ、俺は発光スキルをオンにする。そして、魔獣が通ったと思われる道筋へと移動を再開した。
魔獣が通った場所の高度は不明だが、あれだけの音を出しながら進むとあらば、体の重い生き物なのだろう。雪の深い場所を通ったのではないかと推測される。
「……?」
なんだろう。氷の壁みたいなものにぶつかった。やや強めに力を込め、俺は壁に小さな穴を開けて先へと進む。
「……」
すごいな。魔獣が通ったと思われる場所には、氷のトンネルが作られている。元から、こういう場所だったのか。魔獣が通っている内に、こうなったのかは解らない。ただ、氷でできた壁はらせん状に模様がついていて、どこか芸術的にも見える。
ここで待っていたら、また魔獣がやってくるだろうか。いや、もしかすると待っている内に朝になってしまうかもしれない。もし魔獣の正体が、リディアさんたちの言っていた氷竜であれば、明日には見る機会もありそうだし、今は先を急ごう。
「石田様。この場所を通ったならば、雪の中を進むよりも効率的なのではございませんか?」
そうですね。見通しはいいですし、魔獣が通った時だけ避ければ……とは思うんですが、ここ……非常に滑ります。がんばって進んだら、せっかくのトンネルが削れてしまいそう。
「先程の獣が丹精込めて作ったものとあれば、壊してしまうのは心外でしょうか」
そうですね……小さな穴は開けてしまいましたが、雪の中へと戻りましょう。
俺は氷のトンネルを写真にだけ撮り、入って来た穴から雪の中へと戻る。心ばかり穴を雪でふさぎ、再びガレッキさんがいるであろう場所を目指す。まだまだ遠いな……ただ、今は地球時間でいうところの夜8時頃だ。この世界は夜が長いから、夜明け前には到着しそうではある。
「石田様。お疲れになりませんか?」
石なので……まあ、疲れは今のところ大丈夫です。百二子様は大丈夫なんですか?
「神の遣いなので……実体のない存在にございます」
そうですか……。
「……」
……。
「……」
せめて景色でも変われば話題にもなるのだが、見えるものといえば一向に雪ばかり。そもそも百二子様の姿すら見えない。何も話すことが思いつかない。
「私は人間ではございません。そちらの事情は詳しくありませんが、話さないでいると何か……問題があるのでしょうか」
沈黙が続くと……気まずかったりしませんか?
「いえ……言葉とは、必要に応じてやり取りをすればよいと」
神様って、そういうものですか?
「仏前で雑談をする者も、そうそうおりません」
確かに……そうか。話さないと気まずいと思うのは人間特有の価値観なのか。
「恐らくは……ですので、私に気をつかわれる必要はないと存じます」
……人間だった時は家族からも、あまり話さない性格であることをつっこまれていたので、話さなくていいと言われるのは初めての経験かもしれません。
「石田様が私の姿を肉眼で捕らえられたのは、神に近い感性をお持ちだからだったのかもしれません」
あまり話さない人って神っぽい人なんですか?
「いえ、私にも詳しくは解りませんが……」
神っぽい人と言われるのも、人間だった時を含めて初めての経験です……。
「し……失礼でしたでしょうか」
いえ……基本的に人間の世界では神というと、褒める時にしか使わないので大丈夫です。
「そ……そうでございましたか」
神と呼ばれる。本当なら、ちょっと嬉しいくらいの経験なのかもしれないが、実際の神様と会ったことがある身としては……俺なんかが神と比較されるのもおこがましいというか、恐縮の方が勝ってしまう。神様……すみません。これからも、つつましく生きようと思います。
続きます。




