第958話『方法』
盗賊団の三人は天高く舞い上がった浮き島から、まだ見ぬ天空大陸を探している。眼下には白い雲、それより上には青空だけが広がっている。体重移動で島を右往左往させつつ、三十分ほど辺りを見渡し続けたが、他の浮き島すら発見できずにいる。
「おい。タマタマ。あの向こう側、どのへんだと思う?」
「え……なんでげすか?」
親分さんが何もない空のかなたを指さしつつ、島の逆側にいるタマタマさんへと尋ねている。ただ、質問が漠然としすぎていて、なんと答えるか対応に困っている……。
「こっから見える空の向こう側、カルシの町あたりか?」
「……ああ。そういう意味でげすか。もっと向こうまで見えてるんじゃないでやんすか?海の上とか」
「んじゃあ、そこまでは少なくとも天空大陸はねぇってことだな」
少なくとも、ここから見える範囲では天空大陸はない。これだけ見晴らしがよい以上は、そうと考えるのが妥当と判断できたようだ。
探している物が小さなものならともかく、大陸なので在ればさすがに解るというのは想像に容易だ。まあ、俺も本物の天空大陸は、のぞき見る程度にしか知らないのだけど……。
「しかし、タマタマよぉ。おめぇ、本当に天空大陸が、この世にあると思ってんのか?」
「いや、解んないでげす。でも、探すのは……楽しくないでげすか?」
「んだなぁ」
雑談ながらに、休憩する形で親分さんが座り込む。島は三人の体重移動で動く為、やや距離を取ってバランスよく他の二人も休み始めた。親分さんが改めて、青すぎる空に目を向ける。
「……見ろよ。すげぇ景色だぜ。どこまで見通しても空だ」
「そうですね。へえ。ドラゴンでも、こんな高いところまでは来られないと聞きます。僕たちくらいじゃないですか?この景色を見たのは」
「あっしは高いところというと、もっと息苦しいイメージだったでげすが……不思議と呼吸も問題ないでげすな」
「そりゃあ。俺様ちゃんたちには邪神リュリュリュ―ンRXがついてっからな。大抵のことは、こいつがなんとかしてくれるぜ」
タマタマさんの疑問を受け、みんなの視線が俺に集まる。具体的には俺ではなく、俺が取り付けられているまがまがしいオブジェを見ているようだが……。
「親分……あの像って、なんか効果とかあるでげすか?見てもよく解らんでげすが」
「俺様も鑑定眼とかねぇから、わかんねぇけど。チャーロス、何か解るか?」
「僕、においで食べ物の毒くらいは見抜けますけどね。へぇ」
盗賊団だが、あまり鑑定は得意としてはいないようだ。呼吸や気温への適応補助については、俺の装備効果が浮き島全体に行きわたっているので問題ないのではないかと考えている。
あと、タマタマさんの不安に当てはめて考えると……天空大陸が非常に高いところにあると仮定して、黄金爪を食べなくてはいけないのは呼吸の補助のためなのかもしれない。この浮き島より、さらに高所にある場所なのだろうとは予想できる。
「俺様ちゃんは感慨深いぜ。思えば……町で盗賊仲間の募集をした。あの地味なスタートから、こんな大冒険に行きつくとは思いもしなかったってもんよ」
「最初、あっしは親分に会った時、この人ほんとに大丈夫なのかと思ったでげすけどね。今も思ってるでげすけど」
「会って最初に『盗賊って、何を盗むんですか?』って聞いたら、親分に『何かカッコいいもの!』って言われたので、僕は安心しました」
空の美しさに感動しつつも、三人は出会った頃の思い出を語り始める。話を聞く限り、この三人も出会ってから、そこまで日も立っていないようだ。そして、盗賊団を結成した当初から、盗むものなどに関するコンセプトは大雑把だったとも見られる。
「……ん?そういえば、盗賊団に入る時に話してた給料、一度ももらってないでげすが」
「へへ……俺様は、お前たちに会えたことが、どんな給料より嬉しいぜ」
「なんで親分がもらう方なんでやんすか……まあ、いいでげす。あっしも実家にいても結婚がどうとか、後継ぎがどうとか面倒だったでやんすし。こうしてる方が気が楽でげす」
「僕もあてもなく旅をしてたので、仲間ができたのは嬉しかったです。へえ」
給料はもらっていないが、そもそもお金に頓着のない人たちなようなので、そのあたりの話はうやむやとなった。もはや、この三人で旅をすること自体が、なによりかけがえのないものと化している節はある。
なお、やや寂しげなチャーロスさんの口ぶりを受け、親分さんが豆を口に入れながら質問を向ける。
「チャーロス。おめぇ……あんま見ねぇ種族だよな。どこに住んでたんだ?」
「僕ら放浪の民で、キャラバンを作って各地を渡り歩いてるんです」
「そっちの仕事とかはいいのか?あ……解ったぜ!タマタマみてぇに家出したんだろ?」
「あっし、家出はしてないでやんす。ただの外出でげす……」
チャーロスさんといえば、獣人といった姿をした人である。そういや俺も街で、犬っぽい人をあまり見た記憶がない。アレクシア帝国界隈には済んでおらず、遠い場所を拠点としている種族なのかもしれない。
「僕の過去の話……聞きますか?重いですよ」
「じゃあ、聞かねぇ」
「聞いてもフォローとかできないでげすな……」
「僕も、そんなに話したくないのでよかったです。へえ」
この場で話をしたところで変な空気になるだけと判断し、チャーロスさんの過去話は今はしないこととなった。なんとなくだけど、この先もしなさそうな気がする……。
「んじゃあ……そろそろ地上に戻る方法を探すか。そろそろ豆以外のものが喰いてぇ」
「さっき一部、雲のない場所があったでやんす。そこから帰れそうなきもするでげす」
「よし。そこ行くぜ。全速前進だ!」
この辺りに天空大陸はないとして、ひとまず地上へ降りることとしたようだ。タマタマさんの指し示した場所には雲が渦巻いており、見た目は排水溝に水が流れ込んでいるようでもある。結構、飛び込むには勇気がいるな……。
「す……吸い込まれるぞ!お前ら、しっかりつかま……うおぉ!」
もはや空気の渦には逆らえず、浮き島はグルグルと回転しながらも雲間に飲み込まれていく。しばらくは周囲が真っ白であったが、次第にキラキラと小さな粉のようなものが散りばめられていくのが見えた。
ぐんぐんと浮き島は高度を下げ、ついには雲を抜けた。細かな雪が、粉砂糖を振るが如く降り続けている。絵に描いたような三角の雪山が、地上に立ち並んでいるのが見える。ここがミルキス山脈なのだろうか。
地上が見える場所まで無事に戻れたところで、また三人は浮き島から周囲の景色をうかがう。その後、タマタマさんが行き先を親分さんに尋ねる。
「高いところから天空大陸を探す目的は果たされたでやんすが……次、どこ行くでげすか?」
「こっから近い人がいる場所って、どこだ?」
「山脈にある職人の修業場か、少し遠いでげすが、平たい山の上にある街でげすな」
「街だ!とにかく、あったかい飯を食うぜ!」
鍛冶職人の修行場には行かず、近くの街を目指すこととしたようである。リディアさんたちが行く前に、職人の工房がある場所も見ておきたくはあったけど、街の方も行ったことがないので、この機会に見物させてもらえるのはありがたい。
「……」
親分さんたちは豆の木の葉で作ったコートを着ている。島に行きわたっているであろう俺の装備効果があっても、やはり少し寒いようである。降る雪は細かいが、風は吹きすさんでいる。職人の修行場が雪山のてっぺんにあるとすれば、エメリアさんが防寒着を購入して正解だったとも思える。
街を目指し、浮き島が移動を開始した。周囲には白い山と雪景色が続く。そうして雪国の様子を見ているのも好きではあるのだが、リディアさんのいる部屋にエメリアさんが帰ってきていることに気づいた。そちらの様子を見に行ってみることにする。
『現在地:マグラス邸』
リディアさんは自室へ戻り、引き続きお茶を飲んでいるようだ。メフィストさんはいないが、メイドのシロガネさんはお茶の用意をしてくれている。エメリアさんがドアの近くに立ち、リディアさんに呼び掛けている。
「……リディア。あの人、帰りましたか?」
「恐らく……で、エメリアは何をしてきたんだ?」
「時間を潰してきました……あの人に会いづらかったので」
『あの人』とは多分、先程までお屋敷にいた怪盗のグリーンズさんである。そろそろいなくなった気配をとらえ、お屋敷に帰ってきたようである。呆れたような口調でシロガネさんが話を始める。
「夢魔が外で暇を持て余している間に、ワタクシとメフィストさんは黄金爪を摂取いたしましたわ」
「え?どうやってですか?」
「ワタクシも手法につきましては存じませんが、グリーンズ氏に酸味を取り除いていただきました」
知らない内に問題が解決していると知り、さすがにエメリアさんも驚いたようだ。ただ、お父さんの手柄を褒めたくはないといった態度ながらに、やや疑いの目を向けつつリディアさんに聞く。
「……何か怪しい薬を使ったんじゃないですか?怪盗を名乗る不審人物ですよ?」
「いや、黄金爪を手のひらに乗せ、何かつぶやきながら指先を向けただけに見えた」
「……ああ。そういう方法ですか。解りました」
リディアさんの簡単な説明で、どうやって味を消したのかエメリアさんには想像がついたらしい。すると、実際に食べることとなったシロガネさんが、強い口調で問いかけていく。
「どのような方法を用いたか話しなさい」
「シロガネちゃん、食べたんですよね?いえ……言わない方がいいです」
「話しなさい……知り得ないことには、気持ちが悪いですわ」
「……リディアは今日、食べてないですよね?リディアにだけ話します」
シロガネさんには言いづらい話のようで、リディアさんだけを連れてエメリアさんは部屋の外に出る。小さな声でグリーンズさんの手法について告げる。
「ようは……白魔法です。意識改変の」
「それは……暗示のようなものだろうか。しかし、グリーンズさん本人も食べて見せていたが……」
「あの人、変態なので……自分にも簡単に暗示をかけられるんですよ。それで、今から食べる黄金爪はすっぱくないものだって、意識と身体が無理やり認識させられるんです。暗示ですから、シロガネちゃんに種明かしすると魔法が解けるかもしれません」
いじわるで伝えなかったわけではなく、今伝えるとすっぱさが再燃する恐れがあるらしい。そうした話をしていると、後ろから声が聞こえてくる。
「聖女様。エメリアさん。何をしているの」
「……ッ!」
振り返るとメフィストさんがいた。トレーを持っているところを見るに、何か食べ物を持って来てくれたものと見られる。
「……あのメフィストさん。今の話、聞こえてましたか?」
「……?」
「私がエメリアとしていた話です」
リディアさんに恐々と尋ねられ、メフィストさんが不思議そうに首をかしげる。
「……いや、聞こえなかった」
「あ……ああ。危なかったな」
「メフィストちゃんも食べたんでしたっけ。いや、危なかったですね」
「???」
メフィストさんが更に首をかしげてしまう。聞こえていたら暗示が解けていたかもしれない。間一髪、セーフである……。
続きます。




