第956話『凝視』
怪盗のグリーンズさんは手袋をした手を手品でもするように動かし、黄金爪の地獄のようなすっぱさを消失させてくれたようだ。しかし、それが本当かを確かめるには、実際に食べてみる他ない。
「……では、いただきますわ」
「シロガネさん。本当に食べるのですか?やめるならば今ですよ」
「お嬢様……ワタクシの気持ちは決まっておりますわ。メフィストさんもです」
リディアさんに心配されてはいるものの、天空大陸へ同行するという覚悟はシロガネさんもメフィストさんも変わらないようだ。心配と不安を押し切るようにして、二人は黄金爪を口に入れる。
「……」
黄金爪の大きさは豆1つ分程度だが、そのまま飲み込むには少し大きい。噛み砕いている様子は見られる……のだけど、すっぱいものを食べているといった表情には見えない。
「……食べ終わりましたわ」
「食べ終わった」
周囲の人たちが固唾をのんで見守る中、シロガネさんとメフィストさんは黄金爪を食べ終わった。特にリアクションはない。リディアさんが困惑気味に問いかける。
「……大丈夫ですか?気は確かですか?」
「ええ……どれほど味わっても、無味ですわ」
「私も味がしなかった」
あまりに味がしなかったせいで、シロガネさんが再びグリーンズさんへと疑惑を持ちかける。
「怪盗……さては一瞬で、黄金爪を別の食べ物にすりかえましたわね」
「いや、そのような特徴的な食べ物のフェイクを持ち歩く趣味はないね」
それはまあ……そうである。となれば、どうやって味を消したのかが論点だ。徒労感に襲われているような弱気な姿勢で、リディアさんがグリーンズさんに尋ねる。
「どのように……あの。味を消したのですか?」
「大したことではないのだが……大怪盗が味を盗んだ。と、しておこう」
「そう……ですか。できれば、もう少し早く、私としては来ていただきたかったです……」
グリーンズさんが黄金爪の味を消せると解っていたならば、リディアさんも死ぬほどツライすっぱさを味あわずに済んだ。そういう意味では、しなくていい苦労をしたとも言える。その点が当人としては、やや釈然としていないのだと思われる。
「加えて、お願いがもう一つあります。エメリアの分の黄金爪も、味を消してもらえないかと……」
「ん~。あの子は私の娘だ。そこは自分で、なんとかするであろう。さて……今度は私が頼みを告げる番だ。今の仕事の代価として、レディーのつけているネックレスを見せてほしい」
改めてグリーンズさんは、俺に興味を示す。願いを聴いてもらった手前、あちら側からの要望を断るのも恩義に反すると感じたのか、メフィストさんは首に下げていた俺をリディアさんへと返す。それから、リディアさんを介してグリーンズさんへと手渡された。
「あのですね。グリーンズさん。一応ですが、その石は……なくなると本当に困るようです。世界の命運を左右するとか」
「安心しなさい。色といい形といい、私の好みではない。少し鑑定したら返すつもりだよ」
宝石としての価値ではなく、それ以外の点で気になる部分があるようだ。まあ、今の俺は輝きすらない灰色の石である。これを盗みたい人は、大怪盗に限らずいないだろう。
「……」
グリーンズさんがソファでくつろぎつつ、俺をじっと見つめる。いつもは笑顔だが、今の目つきは細くも鋭く、まるで刺されるようでもある。
「……」
な……なんだろう。俺が何かしたというのか?こうして見られていると、非常に落ち着かない。もしかして、反応を待っているのか?
「……」
グリーンズさんが瞬きもせず、俺を見つめ続けている。いつまで、この凝視タイムは続くのか。この世界に来て以来、一番辛い時間かも解らない……。
「……」
「やはり気になるか。グリーンズ」
永遠に見つめ続けられるのではないかとすら感じ始めたところで、ルビィさんのお父さんが近くのイスに座りつつ声を掛ける。そこでやっとグリーンズさんの視線が俺から外れる。そして、グリーンズさんが問い返した。
「ほお。君も感じるものがあるのだな?」
「ああ。ふつふつと感じる。その石がまとう呪力。以前、見た時よりも力が高まっている」
俺自身は特に、パラメータが上昇した感じもないが、ルビィさんのお父さんの目には呪力の変化が見られたようだ。
「私は呪術というものは知らんよ。ただ……前に見た犬の魔獣と、同じ気配を感じる。その違和感をぬぐいたい」
「犬……さては、シューティングスタードッグのことであろう」
「いや、そいつも知らない」
多分、グリーンズさんが言っている『犬』と、ルビィさんのお父さんが言う『シューティングスタ―ドッグ』は同じものを指していると思われる。ただ、その呼び名をグリーンズさんは知らないので、やや話が噛み合わない……。
「以前、私が城へ侵入した際に見た石の犬。その魔獣が化けているのではないかと確かめたくなった。鑑定結果にも、近しいものを感じる」
「だが、その石とシューティングスタードッグが同時に存在している場面を私は見た。同一の存在ではない。とはいえ、非常に近しいという見解も、また正しい」
「あなた。私たち、部屋に戻ってもいいかしら」
「ああ。急に呼び出してすまない。解散してくれたまえ」
天空大陸を見るために来ていたルビィさんのお母さん、それとルビィさんは部屋へと戻るようだ。執事のゲンブルさんだけは部屋に残り、新しくお茶の用意をしてくれている。
「グリーンズも察しの通り、これは人の想いがたくさん込められた石だ。それはリディア嬢の人徳とも言えるか。いわば、世界を繋ぐ旅の石と言えよう」
「私は、そのような察しはしていないが……親しみにも似た感情が、手にも伝わるのは解る。魔力とは……違うようだがね」
たくさんの想い……そうか。もしかすると、リディアさんとの旅を通じて今まで会った人たち。その人たちの願いが、神の力として俺に蓄積されているのかもしれない。
みんながみんな、赤い月のことや世界の危機を知っているわけではない。でも、心の中では応援してくれている。それをルビィさんのお父さんは、呪力という形で見通してくれたのだと思われる。
「それではマグラスの話を信じ、私もまねごとをしてみようか。詳しいことは知らないが、リディア嬢とメイドさん、考古学者君。そして……この不思議な石の行く先に幸あることを願う」
「娘さんは良いのかな?」
「うちはスパルタなのでね。君も、たまには厳しさを示すがよい」
あえて願いを掛けなくとも、エメリアさんなら自分でなんとかできる。突き放しているようにも見えて、実は信頼しているのだと俺には伝わってきた。エメリアさんも魔法は得意だし、いざとなればやってくれる人ではある。
「……レディーたち。こちらをお返ししよう。ありがとう」
俺を鑑定して何か解ったのかどうかは謎だが、グリーンズさんは俺をリディアさんへと手渡す。リディアさんは改めて、俺を首から下げる。
「……お嬢様。怪盗にすり替えられたやも解りません。よくご確認くださいまし」
シロガネさんがリディアさんの胸元を覗き、俺の姿をまじまじとながめる。ついでにハンカチでも拭いてくれる。
「妙な魔法がかけられているとも限りません。お掃除いたします。合わせて、魔素の除去もいたしますわ」
グリーンズさんは手袋してるから、そこまで魔素とかはつかないとは思うが……丁寧に丁寧に、シロガネさんは俺を掃除する。その念入りな様子に、グリーンズさんが一言、物申す。
「先程、黄金爪の件では真摯な対応を見せたつもりだが、多少は信頼していただけたかな?」
「……はい。一つの問題を解決していただいた件につきまして、感謝はしております」
一通り俺を掃除し、シロガネさんがグリーンズさんの方へと向き直る。
「ですが、あまりに味がしなかった為、本当に黄金爪の効果を得られているのか……ワタクシ、少し悩んでおりますわ」
「安心しなさい。君たちが食べたものは、間違いなく黄金爪だよ」
味を抑えるにしても、もうちょっとすっぱい方が、効果を得られた実感も湧いたのかもしれない。楽であればあるほど良いのは間違いないが、苦労が全くないと、それはそれで心配になるな……。
続きます。




