第955話『毒抜き』
ルビィさんの家に帰ると、いつの間にか怪盗のグリーンズさんがやってきていた。盗みに入った……というわけではないようだ。ひとまず、メフィストさんもリディアさんの隣に座り、シロガネさんにお茶を淹れてもらう。
「あの……メフィストさん。お疲れ様でした。私は途中で帰らせていただきましたが、その後にダンジョンにもぐっていただいたとか……」
「うん。ダンジョンの端っこをもらってきた。天空大陸への入り口を広げる効果もあったが、人が通れる形状には広がらなかった」
メフィストさんが『ダンジョンの端っこ』をカバンから取り出し、それをリディアさんへと渡す。その形状や色が想像とは違っていたようで、一瞬だけリディアさんが掴むのをためらったのが見て解る。
「これが……ラピスラズリーさんの言っていたアレなのですか」
「興味深いものをお持ちだ。話に混ぜてはもらえないかな?レディー」
『ダンジョンの端っこ』をグリーンズさんが珍しげに見つめている。リディアさんは一度、メフィストさんの方へと視線を向け、アイコンタクトで了承を得てからグリーンズさんへと手渡す。
「これはこれは……面白い。マグラスの所有物の何倍も面白い。見覚えのない材質だ」
「ぬ……」
ルビィさんのお父さんが悔しそうにしている。ただ、そちらも材質の手触りが気になったようで、グリーンズさんの次に貸してもらっていた。それはさておき、グリーンズさんがメフィストさんへと問いかける。
「レディー。これをどこで?」
「……秘密」
「その答え、実に良い。先程、耳にしたダンジョンという言葉から紐解くとしよう」
一応、ラピスラズリーさんのプライバシーに関わると思ったのか、メフィストさんは入手場所を伏せることとしたようだ。でも、グリーンズさんはアレクシアの街にも詳しそうだし、特定するまでには時間も掛からなさそうである。
そのまま懐に入れられるのではないかとも思ったが、グリーンズさんも盗むでもなく普通に返してくれた。大怪盗ですら見たことのないものが潜んでいるラピスラズリーダンジョンは……いわば、街中にある秘境とも言えるかもしれない。
「これも気になるところだが、まるで君たちは……天空大陸が存在するかのように話すじゃあないか。行き方を知っているのかな?」
「見る?」
「ぜひとも」
「シロガネさん。見たいって」
そこは隠す必要もないとしてか、メフィストさんが判断を扇ぐようにして視線を向ける。シロガネさんはクト様の爪を取り出し、その場に小さなヒビ割れを作ってみせる。
「これは不可思議な……では、拝見」
グリーンズさんがヒビ割れをのぞき、天空大陸の光景を目に映す。様々な角度からうかがっている雰囲気から察するに、やはり黄金爪ばかり見えてしまうようだ。
「うむ。よく解らないが、知らない場所が向こうにある」
「私も見たい」
続けてルビィさんのお父さんものぞき見る。
「何か……解らないが、キラキラしている。く……不思議だ。なんなのだこれは」
自分が用意した宝物より珍しいものが次々と出てくることに、ルビィさんのお父さんが悔しげな声を出している。なのだが、天空大陸をのぞく姿は、どことなくワクワクしているようにも見える。
「ふむ。この機会は他にはないやもしれん。マイワイフとルビィとゲンブルさんを連れてくる。よろしいかな?」
「うん」
天空大陸の光景にテンションが上がったルビィさんのお父さんは、ぜひとも見せたいとして家族を呼びに部屋を出た。とはいえ、ずっとヒビ割れを生じさせておく必要もないので一旦、シロガネさんはヒビ穴を閉じる。
「大怪盗を名乗る私も天空大陸をこの日、初めて拝むこととなろうとは夢にも思わなかったさ。君たちの冒険には目を見張るものがある」
「私も驚くばかりです……」
リディアさん本人も、別に意図して不思議イベントを呼び込んでいる訳ではないので驚いてしまう。俺も驚くばかりである。
「だがしかし……天空大陸に宝があるという逸話は耳にした試しがない。宝のない場所に大怪盗は無用である」
「なんで、今日はここに?」
「いい質問だ。私の目当ては……そちらだよ」
メフィストさんの質問を受け、こちらをグリーンズさんが手で指し示す。え?メフィストさん?
「ししし……シロガネさん!メフィストさんを死守だ!」
「承知ですわ!」
「違う違う……彼女は素敵だが、私が興味をそそられているのは、首に下げている石の方だよ」
メフィストさんが狙われていると勘違いし、リディアさんとシロガネさんが立ちはだかる。ただ、その心配は杞憂であり、本当は俺を見に来たようである。
「ふはは!グリーンズも気づいているようだな。その石が持つ呪力に」
いつの間にか戻ってきていたルビィさんのお父さんが、急に話に加わる。その後ろには奥さんやルビィさん、執事のゲンブルさんも待機している。やたら戻ってくるのが早かったが、そこの廊下ですれ違ったのだろうか。
「いや、君の言う呪術とやらは、私には解らない。なんだね呪術とは」
「ふははは!大怪盗グリーンズほどの者が謙遜するとは。それはともかく、先程の亀裂をもう一度、見せていただきたい」
よく解らないままに連れてこられた奥さんたちが、シロガネさんの作り出したヒビ割れから、天空大陸の様子をのぞいている。ただし、やはり黄金爪のきらめきばかりが目に映るようで、よく解らないまま鑑賞を終える。
そして、グリーンズさんは俺のことが気になって見に来たようなのだけど、その話は流れ上、うやむやとなった模様だ……。
「……あなた。天空大陸という場所は、随分と黄金色なのね」
「面白いであろう。今日のパーティの話題は、これで持ちきりとなる」
「天空大陸のヒビ割れから、何かこぼれ落ちましたけど……」
ヒビ割れから零れ落ちた黄金爪。それをルビィさんが拾い上げる。そこでやっとシロガネさんは本題を思い出したようだ。
「黄金爪を見て思い出しましたわ。マグラス様。以前、おっしゃっていた黄金爪を安全に食す方法についてですが……」
「ああ。きっとグリーンズが知っている。なにせ彼は、毒虫として有名なカペロの触覚を好物としている」
「いかにも」
グリーンズさんはルビィさんのお父さんの言葉に、至って冷静な言葉を返しお茶を飲んでいる。毒虫すら安全に食べられるならば、黄金爪も同様であるかもしれない。
「物は試しだ。どれ。マグラスの娘さん。それを私にくれないか?」
「あ……はい」
ルビィさんは手にしていた黄金爪をグリーンズさんに手渡す。グリーンズさんは黄金爪を右手のひらに乗せ、みんなに見せるようにして顔の前まで持ちあげる。
「よ~く見ていなさい。今から、黄金爪の死ぬほど強烈なすっぱさを……消して見せよう」
何か他の食べ物に混ぜて使うとか道具を使うとか、そういうわけではないようだ。グリーンズさんは黄金爪に左手の人差し指を向け、円を描くようにして指先を動かし始める。
「だんだんすっぱくなくなっていくぞ……すっぱくない。すっぱくない。君は、すっぱくない。ほら。もう大丈夫」
そう告げた次の瞬間、グリーンズさんは黄金爪を自分の口の中へと放り込んだ。明らかに歯で噛み砕いている。それを見たリディアさんが、見てはいられないとばかりに目を伏せている。
「……大事もない。美味しくいただいたよ」
グリーンズさんが口を開く。黄金爪らしきものは口の中に残ってはいないし、その顔色には無理をしている様子もない。本当に何事もなく、黄金爪を食べてしまった。
「……あれですわね。口に入れる寸前で、そでに入れたのですわ。別の何かを口に入れたのでしょう」
「疑り深いメイドさんだ。今ここで全てを脱ぎ捨て明らかとし、検証してもらってもよいのだよ」
「そこまでせずともよろしいですわ……」
さすがにグリーンズさんも、それは冗談であるらしい。そして、シロガネさんとて、そこまでして検証はしたくもないようだ。
「さあ、まずは私が食して見せた。さぁ。次は君たちの番だ。黄金爪があるならば、こちらへ渡しなさい」
「……」
いまいち信用はならないといった顔をしつつも、シロガネさんが懐から黄金爪を取り出す。メフィストさんの分と合わせて、二つをグリーンズさんへ手渡す。
「よく見ていなさい。ほ~ら。どんどんすっぱくなくなっていくぞ……」
先程と同じように、手のひらの上に乗せた黄金爪に指先を向ける。その後、マジックでもするかのように、パッと一瞬で二粒を指の間にはさみ、シロガネさんとメフィストさんへ返した。
「さあ。召し上がれ」
「……たばかったら、ただではおきませんわよ」
「……これを食べたら、聖女様と一緒に天空大陸に行ける」
二人が恐々と黄金爪を見つめている。ただ、すでに気持ちは決まっているようで、特に合図を出し合うでもなく口へと運んでいく。
「……」
……。
「……」
「だ……ダメだ!二人とも!それを食べたら死ぬぞ!」
もうちょっとで口に入れる……という寸でのところで、リディアさんからストップがかかった。自分の味わった苦しみを思い出し、いてもたってもいられなかったようだ。
「二人とも。それは本当に……死ぬから。早まらない方がいい。ダメ。死んでしまう」
「いえ……お嬢様。実際に食された方が言っても説得力がございませんわ。死にはしません」
確かに……リディアさんは辛そうではあるけど、生きてはいる。ただ、死ぬほどすっぱい思いをしたということだけは、その必死さから伝わってきた……。
続きます。




