第954話『自慢』
「ラピスラズリーちゃんのとこで、あたたかい装備も見つかってよかったですね~。私は前が閉まらないのが残念ですけど」
「あつい」
熱くなってきたようで、メフィストさんもマントを脱ぐ。魔石で温度を上昇させなくても、街中で着るには少し熱いのかもしれない。なお、エメリアさんは胸の大きさが人並外れているので、ラピスラズリーさんのお店で買ったマントからも胸部が出てしまうようだ。マントの前が開いている分、いささか保温性に難があるものと見える。
「……」
「どうしたんですか?悩みなら聞きますよ。聞くだけですけど」
ルビィさんの家へと帰る道中、シロガネさんが気難しい顔をしていることに気づく。その要因をエメリアさんが聞くだけ聞いてくれている。
「いえ。『ダンジョンの端っこ』にヒビ割れを広げる効果があるのは、メフィストさんの実験で明らかとなりました。ですが、もしもドン・ガレッキに頼んだ末に加工できないとあらば、ワタクシたちで手をくわえねばなりませんわ」
クラフトや鍛冶に関して随一の腕を持つというドン・ガレッキ。だからといって、この未知の素材を問題なく組み合わせてくれるかといえば、それは保証できない。そもそも人物としても謎が多そうだしな……。
「うん。いくらかかるかも不明」
「料金の相場が判断できません。ふっかけられることも考え、帝国が関与している件は伏せておく方がよいですわ」
国がらみの要請と聞いたら、個人の依頼とは別格の報酬を要求されかねない。そもそも、アポもないのに急に訪ねて、依頼を受けてくれるのか。作業に、どれだけ時間がかかるかだって解らない。確かに、楽観視はできる状態ではないとも言える。
そうして話している内に、三人はルビィさんの家の林の前に到着する。
「申し訳ございません。ワタクシは、お先にお屋敷へ向かいますわ」
リディアさんの様子が気がかりなのか、シロガネさんはダッシュで林を抜けることとしたようだ。エメリアさんとメフィストさんは普段通り、馬車が来てくれるのを待って送ってもらう様子だ。
「……」
ベンチに座って待っている最中、急にエメリアさんが何かを感じ取った様子で立ち上がる。
「なにか?」
「……いえ、ビビッと来ました。イヤな予感がします。私の中の危機察知能力が、お屋敷に行ってはならないと訴えています。でも、メフィストちゃんは多分、大丈夫です」
「……?」
「私、今日はあちこちぶらぶらしてきます。5ジュエル借りていいですか?」
「いいよ」
エメリアさんは今、お屋敷に帰ると悪いことが起こる……と察したようだ。それを回避するべく、メフィストさんからお金を借りている。5ジュエルで一日、ぶらぶらできるのだろうか。ちょっと足りなそうな気はするが……どうにか工面するものと思われる。
「メフィストちゃん。私がいうのもなんですけど、誰にでも簡単にお金貸しちゃダメですよ」
「うん」
「5ジュエルはリディアに言ってください。きっと返してくれます。それでは」
エメリアさんは5ジュエルを握りしめ、街へと飛んでいってしまった。メフィストさんも事情はよく解らないようだが、特に気にせずベンチに座ってのんびりしている。
「……」
手持ち無沙汰なのか、ダンジョンから持ち帰った『ダンジョンの端っこ』を取り出す。その物体は青色のクリアカラーであり、ぶよぶよとした質感の中には、金色の粒が入っている。両手で引っ張ると、薄い膜のように広がる。
かなり弾力性が強く、メフィストさんが強く引っ張っても『ダンジョンの端っこ』はちぎれない。空間を広げる特性以外に、この柔らかさも何か別のことに使えそうではある。俺には特に用途も思いつかないけど……。
「……」
そうして待っていると、林の奥から幽霊馬車がやってきた。ゲンブルさんが運転しているところを見るに、旦那さんも家にいるものと思われる。
「お待たせいたしました。どうぞ、ご乗車ください」
「ありがとう」
「おや……エメリア様は」
「どっか行った」
どこに行ったかは解らないので、どっか行ったとしか言いようがない。エメリアさんが何を感知して立ち去ったのか、馬車に乗りつつメフィストさんはゲンブルさんに問いかけている。
「お屋敷に……何かあった?」
「はい。急な来客がございまして、私もどのように対応すればよいか、やや悩んでしまいました」
ゲンブルさんほどの熟練の執事さんが悩むお客さんって……ああ。なんとなく解った。
「誰?」
「大怪盗のグリーンズ殿が知らぬ間にお屋敷の中におりまして、初めの内は相手が何者か気づかず、排除の姿勢で臨んでしまい、やや争う形となってしまいました」
「グリーンズさんが来ている」
ルビィさんのお父さんと友達だって言ってたし、何かグリーンズさんの気を引けるような宝物が用意できたのだろうか。そして、執事のゲンブルさんとグリーンズさんが戦ったら、どっちが強いのか。ちょっと気にはなる。
同時に、エメリアさんが屋敷に戻らないとした理由も理解できた。まだお父さんには、あまり会いたくないのだと思われる。
「……」
メフィストさんは他の人に比べると口数が多くはなく、ゲンブルさんとの会話も弾むほどではない。その後は沈黙が続いたのだが、特に気まずい雰囲気にもならない。俺だったら何か話さないといけないと焦ってしまうところだが……この沈黙スキルは習得させていただきたいくらい個人的には欲しい。
「到着いたしました」
「ありがとう」
お屋敷に到着し、馬車から降ろしてもらう。馬車を定位置に戻そうとしているゲンブルさんへ、メフィストさんが遠くから呼び掛ける。
「聖女様、どこにいるか知っている?」
「聖女様……リディア様は、とにかく口の中をリフレッシュしたいとのことで、旦那様と共にティータイムをとられております。一階のダイニングにいらっしゃるかと」
「行ってみる」
ベッドで寝ているよりかは、何か口に入れている方が楽なのかもしれない。リディアさんがお茶を楽しんでいるという話を聞き、メフィストさんは一階にある居間へと向かう。
「次は……次こそ!」
居間のドアの前に立つと、部屋の中からルビィさんのお父さんの声が聞こえてくる。なにやらエキサイトしているようだ。邪魔にならないよう、こっそりドアを開けて中の様子をうかがう。
「これ!300年に一度しか発見されることがないという、黄金の真珠!どうだ!」
「黄金真珠か。私は30個は所有している」
「な……なにー!」
ルビィさんのお父さんが、手に宝石箱のようなものを持ち、優雅にソファへと腰掛けているグリーンズさんへと見せつけている。宝物を自慢している……というよりかは、盗んでもらいたいといった様子である。
リディアさんも室内におり、こちらは隣のやりとりを気にせず、シロガネさんが淹れてくれているお茶をすすっている。まだすっぱさは口の中から消えていないようだな。
「……いや、それはおかしい。グリーンズ君。黄金真珠が初めて発見されたのは約600年前。300年に1つしか発見されないのに、30個もあるはずがないのだよ」
黄金真珠では気が引けないと知ったルビィさんのお父さんだったが、なんとか矛盾を見つけて攻勢にかかる。しかし、グリーンズさんの冷静な態度は変わらない。
「それがなぜか。知りたいかな?」
「……ああ」
「なにをかくそう……この私、グリーンズは!黄金真珠のみを作る貝。その養殖に成功した!」
「な……なにぃー!」
宝石箱を持ったまま崩れ落ちるルビィさんのお父さん。そして、ぽつりとつぶやく。
「いつも君は、私の一つ上を……いや、何枚も上手だ。脱帽だよ」
「ふふふ。君が宝石の話に夢中になっている間に、ほら。レディーがお帰りになられたよ」
グリーンズさんがメフィストさんに気づき、こちらを手で指し示している。振り返ったルビィさんのお父さんの顔には、敗北の色がにじみ出ている。先程のようなやりとりを今日だけで、何回も済ませたものと見られる。
「メフィストです。ただいま」
「……おかえり」
続きます。




