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第952話『脱出』

 ラピスラズリーさんが案内してくれたこともあり、『ダンジョンの端っこ』を無事に入手することができた。その伸び縮みする感触を確かめながら、メフィストさんが特性について質問する。


 「ラピスラズリーさん。これが……空間に作用している?」


 「人体では感じ取ることができませんが、周囲の空間をグッと引き寄せて閉じてしまいます。なので、端っこがある場所が、ダンジョンの端っこなのです。はい」


 触った感じでは解らないようだが、この物体自体が空間に影響を与えているらしい。そうした会話の中で、シロガネさんが違和感を口にする。


 「ワタクシたちは天空大陸への道を広げたいと考えております。引き寄せて閉じてしまうとあらば、逆効果なのでは……」


 「引き寄せるので、輪っかにします。すると、周囲から空間を引き寄せるので広がります」


 「……?」


 聞き慣れない独自の理論が展開されたことで、その場にいる人たちが全員、呆気に取られたような顔をしている。かくいう俺も、すんなりとは話が頭の中に入ってこない。


 いまいち説明が伝わっていないと見て、ラピスラズリーさんが情報を追加してくれる。


 「天空大陸へ通ずる道を作る道具を……ダンジョンの端っこで覆います。道を作り出した際に空間が外側へと引かれるので、道が広がるという理屈です。はい」


 「……かなり大雑把ではございますが、理解には及びましたわ」


 具体的な組み合わせ方を参考にしてもらったことで、なんとか使用感を想像することはできた。均等に外側に引っ張れば、空間が閉じることなく広がる……みたいな話なのだと思われる。


 「いくつかもらって行く」


 メフィストさんが引き続き、ダンジョンの端っこを3切れほど採取する。これにて目的は達成された。一行が道を戻ろうと振り返ると、地震でも起きたかのようにダンジョンが揺れ始める。


 ただし、そこまで大きな振動ではなく、みんなは壁に手をついて揺れが収まるのを待っている。そうした中でジェラさんがラピスラズリーさんへと、この揺れの正体について尋ねている。


 「こ……この振動はなんですか」


 「ダンジョンの端っこを採取したので、またダンジョンの形が変わります。しばらくすればおさまります」


 揺れている中を動くのは危険と見て、揺れが収まるまでみんなは座って待つことにしたようだ。メフィストさんが布で包み、テンペラーの刃をエメリアさんに返却する。それを慎重な手つきで持ちつつ、エメリアさんが口を開く。


 「これ、役にたちましたね。でも、持って歩くのは、ちょっと危なそうです」


 「そちらはテンペラーが、60年以上をかけて生成した刃です。背中に戻してあげると喜びます。はい」


 「あ……そうだったんですね。悪いことしちゃいましたね」


 これ一枚に60年……それを聞いて、なぜラーニングスキルが刃にまつわるものではなかったのかが俺にも解った。作るのに時間がかかり過ぎて実用性がないからなのだろう。


 「……」


 ただ、盆栽でも育てるみたいに、刃の出来ていく様を何十年も観察するのは、なかなか趣があるようにも思えてしまう。そういう意味では、やはり残念にも思う。


 「夢魔。あなた……危険と言われているにも関わらず、よく触ろうと思いましたわね」

 「帝国製の装備があるので、ケガはしないだろうって思って触りました」

 「それはそうなのでしょうが……自重しませんと、いつか不用意で死にますわよ」


 無鉄砲さをシロガネさんに心配されてしまう。まあ……この世界では、良い装備があれば溶岩でも泳げたりするようだから、刃物でケガをすることも基本的にはないのだろう。あっても紙で指を切る程度には抑えられるものと考えられる。


 「……皆様。もうダンジョンは大丈夫です。戻ります」


 大体、10分くらい待ったところで、ダンジョンの揺れが収まった。ダンジョンに変動を起こすあたり、少し採取しただけでもダンジョンの端っこの影響は大きいものと見られる。


 帰り路には軽度の上り坂があり、それは来た時にはなかったものである。確かにダンジョンの内部は変化しているようだ。幸い、テンペラーがいっぱいいる場所は変動が少なく、刃を避けて通るにも影響はない模様だ。


 「ありがとうございました。また何かあれば貸してください」


 エメリアさんが感謝を述べつつ、背中に刃の足りていないテンペラーへと刃を差し込みなおしている。これだけ簡単に抜けてしまうとなると、人が通った時に危険なのは、むしろテンペラーの方なのかも解らない。


 狭い通路を抜け、足元に水の溜まっている場所まで戻ってきた。なんか……水の中に白いタマゴみたいなものがある。さっきまでなかったのだけど……どこかから落ちてきたのだろうか。


 「これもアバミ石ですわね」

 「あれは……魔獣です。はい」


 また、ただの石だろうとシロガネさんが安心しているが、ラピスラズリーさんが見たところ魔獣であるらしい。てことは近づくと、これに足が生えて一斉に動き出すのかな。


 「……ここは迂回ですわね」

 「シロガネちゃん、見たくないですか?これに足が生えて動き出すところ」

 「まったく見たくありませんわ……」


 俺は少し見たかったが、残念ながら遠回りすることで、白いタマゴの集まっている場所は通らずに終わった。近づいて魔獣を驚かせるのも悪いし、まあ……これは仕方ない。


 ダンジョンの内部が変形したとのことだったが、およそ行きと同じくらいの時間で入り口まで戻ることができた。アバミ石の癒し効果もあってか、シロガネさんの悲鳴も幾らか抑えられていた気もする。


 「……皆様、お疲れ様でした。以上がラピスラズリーダンジョンのご案内となります」


 階段を上がり、ダンジョンを脱したところで、ラピスラズリーさん以外の人たちは床に座り込んで気持ちを落ち着かせていた。魔獣や地形による損害は全くなかったように思われるが、やはり暗い中を長時間、移動することで気疲れはしたようである。


 「あの……私、行った意味……ありました?」


 特に活躍のなかった斧を見ながら、ジェラさんは自分が同行した意義について唱えている。当初は力仕事を想定していた為、テンペラーの刃で問題が解決したことはラピスラズリーさんにとっても意外だったのだと思われる。


 「いえ。意味はありましたよ。ジェラちゃんがいなかったら、シロガネちゃんがつかむものがなくて、何度か転んだかもしれませんし」


 「その点はありがたく存じております……ですが正直、ワタクシも行ったかいは、あまりありませんわ……」


 前を歩くジェラさんをシロガネさんは頼りにしていたらしい。人数が多かったおかげで、安心感があったというのも間違いではなかったとは思う。


 「……シロガネさん。クト様の爪を貸してほしい」

 「こちらですわ」


 突然、メフィストさんが立ち上がる。シロガネさんから爪を受け取ると、その豆程度しかない大きさのない爪にダンジョンの端っこを巻き付け始めた。その様子をエメリアさんが興味深そうに見つめている。


 「なにするんですか?」

 「ただ巻くだけでも効果があるかもしれない」


 工房でクラフトせずとも、巻くだけで解決できないものか。そう思いつき、試してみることにしたらしい。ダンジョンの端っこから、少しだけ爪の先端をはみ出す形とし、それを手にして空中に差し込む。


 「……」


 見たところ、確かにヒビ割れは広がっている……気はする。ただ、その形はひらがなの『つ』のようにカーブを描いている。横に広がってねじ曲がってしまったみたいだな。これを通過するのは、また難しそうに思える。


 「へ~。この奥に天空大陸があるんですか~……うっ」


 エメリアさんがヒビ割れから、その奥に続いている景色をのぞき込む。そして、すぐに目を押さえて顔をそむけた。ジェラさんが心配そうに声をかける。


 「ど……どうしました。目に何か刺さりましたか」

 「……まぶし。今、なんか金色のがたくさんあって、ちょっと光が目に差刺さりました」


 ダンジョンや店内の暗闇に慣れた今、天空大陸に生っている黄金爪の輝きは目に刺さるようである。もしかすると、このダンジョン攻略の一件において、これが一番のダメージとなった可能性はなくもない。

続きます。

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